「英国」と「イギリス」

オリンピックとスコットランド」の最後に「スコットランド人か英国人か?」というアンケートの統計について書きましたが、これ、英語の原文では “Scottish or British?” です。決して “Scottish or English?” ではありません。

私は日本語で自分のことを説明するときにはふつう「イギリスから引っ越してきた」と言います。これは、「スコットランドから来た」と言ってもその「スコットランド」がどこだか知らないという人がけっこういるため。ただ、「イギリスから」と言うと、今度は十中八九「イングランドから来た」のだと解釈されてしまうのが困りものです(「スコットランドFAQ – 1」も参照)。スコットランドに行ったことがある方やスコットランド人と話したことがある方はよく知っている通り、スコットランド人はイングランド人と間違えられると心情的にちょっとカチンときます(日本人でも海外で中国人と間違えられるとちょっとむっとしますよね)。私も「イングランドにいたんだよね」と言われると、つい「イングランドじゃなくてスコットランド!」と言い返してしまいます。

英語で言う United Kingdom/UK もしくは Britain (どちらも United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland の略)の日本語訳として一般に使われる「イギリス」と「英国」、どちらも厄介な言葉です。問題はそもそも「イギリス」という言葉の語源。正確な由来には諸説あり、ポルトガル語のInglês、あるいはオランダ語のEngelsとも言われていますが、いずれにしても英語のEnglish、つまり「イングランドの」という意味です。それが日本語ではまず「エゲレス」という表現になり、次第に訛って「イギリス」になりました。また、「英国」の方は「エゲレス」を漢字表記した「英吉利」からきているわけで、要するにどちらももともとはイングランドを指す表現ということになります。日本に初めてポルトガル人がやってきたのは1542年、オランダ船リーフデ号が漂着したのは1600年。このリーフデ号にはイングランド人のウィリアム・アダムズ(のちに三浦按針という日本名を名乗る)も乗り込んでいました。当時はまだイングランドとスコットランドは同じ島を住み分ける別々の独立王国でした。イングランド王国から来たイングランド人ウィリアム・アダムズのことを説明するのに「イングランドの」と言うのはまあ当然だったわけです。

その後1603年にイングランド王国でエリザベス一世の死によりチューダー王家が断絶し、遠縁であるスコットランド王国のスチュアート王家がイングランド王位を継いだことで、両国は同じ王を戴く「同君連合」と呼ばれる状態に入りました。しかし経済的・政治的事情から両国は1世紀後の1707年に(スコットランド国内世論の強硬な反対にもかかわらず)完全合併しました。小国であるスコットランドが国会を解散してイングランド議会に吸収されるという形での連合で、実質上はイングランドによるスコットランドの吸収でしたが、これによって「イングランド王国」「スコットランド王国」の名は共に消え、新しい国家「グレートブリテン連合王国」が誕生しました。けれどそんな事情は遠い異国のことで日本にはわからない話。ヨーロッパ各国語には「ブリテン」「連合王国」に当たる表現があって「イングランド」とはきっちり分けられているのですが、日本ではなんとなく曖昧なまま、「エゲレス」転じて「イギリス」だけが「イングランド」と「グレートブリテン連合王国」両方を指す表現として定着してしまったのでした。

政府筋などでは、こうした事情から「イギリス」は混乱を招きやすい表現なので、UK全体を指す場合には「英国」という表現を使う、という慣例が近年定着しているようで、たとえば外務省ウェブサイトの各国情勢セクションでは、「英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)」として紹介されています。また英大使館等の関連サイトでも「英国」で基本的に統一しているようです。前述のように「英国」という表現も結局は「エゲレス」「イギリス」に由来するもので、特に混乱回避の役は果たさず、結局多くの人の理解は「英国=イギリス=イングランド」にとどまっているというのが私の印象ですが、一応このブログでも便宜上UKの訳語として基本的に「英国」を使っています。

私が英語で自己紹介する場合は、”I’m from Scotland” と言い、「それどこ?」という返事が返ってきた場合には “Britain” と補足します。私は大学の卒論でスコットランド史をテーマにしたのですが、その時お世話になった恩師は「日本でもそろそろブリテンという表現を使うべきだ」というのが持論で、私も卒論では「ブリテン」を使いましたが、残念ながら史学界でも一般社会でもなかなか普及する兆しがありません。また、UKという表現もアメリカ合衆国を指すUSやUSAに比べると日本での認知度は低いようですし、その和訳である「連合王国」も、やはり一部で採用の努力があったものの定着に至らなかったようです。「ビルマ」が「ミャンマー」になった時のように、公式通達で強引に「ブリテン」または「連合王国/UK」で統一させるというようなことはできないんでしょうかね。

もっともスコットランド議会与党のSNP (Scottish National Party) が国民の説得に成功し、スコットランドが独立するという事態にでもなれば、今の連合王国という枠組みも300年ぶりに解体することになるので、そんな悩みも解決してしまうわけですが・・・。

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