ふだん着のスコットランド 1章 2


注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1997年9月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。


1章 スコットランドへようこそ

2. Sunshine & Showers

天気予報図は雲の海

 イギリスでは誰もが日常の挨拶代わりに天気の話をする。だからイギリス人はテレビの天気予報が大好きな国民だ。初めてイギリスに来たのはもう10年も前のことだが、ホストファミリーとニュースの後の天気予報を見ながら、イギリスの天気予報図って面白いなあと思ったのを覚えている。

 日本のテレビの天気予報では、晴れのマークは太陽、曇りのマークは雲、雨のマークは傘というのが昔からの決まりで、私もそれが当然、他の表現があり得ようとは思いもしなかった。変化のある天気の場合は、「晴れのち曇り」なら縦線を真ん中に太陽と雲が並び、「晴れ時々曇り」なら線が斜めになる……となっていたと記憶している。

 イギリスの場合(BBCと民放ではマークのデザインが多少違うが、基本的な発想は同じだ)天気図をぱっと見た時に、雲が多いなあという印象を受ける。まず曇りのマークが白雲・黒雲と2種類あるのだ。違いは見ての通りで、白雲は「雨を降らさない雲」であり、黒雲は雨雲、すなわちああ降ってきそうだなあというどんよりとした空模様をあらわす。もちろんどんよりと垂れこめるだけで雨を降らさない黒雲もあるが、雲から実際に雨が降ってくるという場合には、雲から雨粒がぶら下がったマークを使う。雨粒1つなら小雨~普通の雨、2つなら強い雨をあらわす。

曇り時々雨のち晴れところによりにわか雨・・・

 イギリスでも晴れることはもちろんある。しかし「晴れ」といっても実際には晴れ時々曇りとか、曇り時々晴れとか、要するに空の半分くらいは雲に覆われていることが多い。こういう状態を表現するのに、日本なら線をはさんで太陽と雲を並べるわけだが、イギリスでは省スペースのためか具象的表現を好むからなのか、雲の陰に隠された太陽から光がさしているマークが使われている。雲なしで丸い太陽がさんさんと輝く快晴マークもちゃんと存在するのだが、あいにくと出番は少なく、特にスコットランドの天気予報ではめったにお目にかかることがない。

 イギリスの天気は変わりやすいので有名で、「1日のうちに四季がある」なんて表現があるくらいだ。ただし四季と言っても、くるくると寒くなったり暑くなったりするわけではなくて(1日の寒暖の差なら、冬の関東地方の方がよほど大きい)、晴れていると思うとにわかに曇って雨がざあっと降り、しばらくするとまた晴れて、やれやれと思うとまた雨が……と、天気の変化が目まぐるしいということだ。

これを日本式天気予報マークであらわすとなるとスペースが足りなくなって大変だが、イギリスの天気予報はさすがに慣れたもので、黒雲の下に雨粒がぶら下がり、同時にその脇からは日光も降り注いでいるというマークをしっかりと用意してある。さらに、こういう予報しがたい気まぐれな天気を説明する天気予報用語もちゃんとあって、”sunshine and showers” と呼ぶのである。

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雨にもいろいろありまして

 スコットランドでは天気予報の少なくとも半分はこの”sunshine and showers” である。”Shower”という単語を英和辞典で引くと「にわか雨」とか「夕立」などと書いてあるが、「通り雨」という言葉の方が近いだろう。”Rain”という単語が長時間切れ目なく降り続ける雨をさすのに対し、”shower”というのはあまり長続きしない雨のことだ。

 ただ、日本の夕立のように一定時間ざあっと降ってぱっとやむ単発の”shower”は少ない。

降ったかと思うとやみ、しばらくするとまた降り出すという降り方をするので、”showers”と複数形で出てくる場合がほとんどだ。また、1日のうちにほんの1、2回だけ降ってすぐやんでしまう”occasional showers” 、小雨が切れぎれに降る”light showers”、激しい雨が暴風と共にざあっと叩きつける”blustery showers” 、雨の代わりにみぞれが降る “wintry showers” と種類もいろいろある。

ネスカフェvs.スコットランド

 スコットランドの気象統計を日本と比べてみると、意外にも雨量はそれほど際立って大きくない。日本では梅雨や台風など決まった季節に大量の雨が集中的に降るのに対し、スコットランドでは降ったり止んだりの sunshine and showers が年間を通して続くため、雨量ではなくて降雨日数が多いのである。スコットランドは山水の美しい国だが、観光地としてはこの降雨日数の多さが何といっても玉に傷だ。そういえば、これに関連して興味深い事件があった。

 イギリスのコマーシャルは凝った内容のものが多くて面白いが、中でもネスカフェゴールドブレンドのコマーシャルは名物である。連続ドラマ仕立てになっていて、数か月ごとに物語の続きが放送されるのを楽しみに待っている視聴者も多い。


主人公の美女はキャリアウーマン。端整な容貌の恋人は広大なお屋敷を相続した上流青年である。ところが彼女の職場に行動的でハンサムな新人が登場し、積極的なアプローチをかけてくる。彼女がどちらを選ぶか?というのが興味津々の三角関係ドラマの粗筋だ。

 ところがこの人気CMに対して苦情が持ち込まれた。抗議をしたのはスコットランド観光局で、なんと「コマーシャルがスコットランド観光産業にダメージを与えた」と主張したのである。あるエピソードで、主人公と同僚が2人でスコットランド出張に行く。

ところがそれに続くエピソードでは、このロマンティックな出張を評して同僚は、「雨には降られたし寒かったし、さんざんだったよ。ただの仕事さ」と言うのだ。

 折悪しく、このエピソードが放送されたのは、ちょうどスコットランド観光局が国内客誘致キャンペーンの一環として、TVコマーシャルを放送した矢先のことだった。

『ブレーブハート』や『ロブ・ロイ』の映画の成功に便乗しようと大金を投じて打った宣伝作戦の真っ最中に「雨が降って寒い」とけなされたのでは、イメージ向上も何もあったものではない、というのが苦情の趣旨だった。

 しかし正直なところ、スコットランドで雨がよく降るというのは誰もが知っている事実だし、観光局がいくら美しい夕日の映像を流したからといって、降雨日数が減るわけでもない。結局、苦情の後もゴールドブレンドのコマーシャルは引き続き流れた。

スコットランドは虹の名産地

 雨が多いというのもまったく悪いことばかりではない。Sunshine and showersという変わりやすい天気のおかげで、スコットランドではよく虹が出る。

 私は日本であまり虹を見た記憶がない。小学生の頃、二重の虹が(といっても本当は外側の虹が足だけの一重半だったのだが)かかったことが一度あった。近所の子供がみな外に出て息もつけずに見守るうち、虹は薄れて消えていった。普通の虹だってめったに出ないのだから、一重半の虹といったら感動に値する自然の驚異だったのだ。

 ところがスコットランドでは虹は当たり前の存在である。秋口の日が短くなってくる頃は、会社からの帰宅時間に太陽が虹を作る角度に沈んでくるので、お馴染みの”sunshine and showers” が続く時は、毎日虹を見ながら帰宅の途につくことになる。

外側の虹もてっぺんまで完全につながっている、壮大華麗な二重の虹だって、年に2回くらいはお目にかかる。だから虹が出るたびに私が大騒ぎしても、周囲のスコットランド人の反応はいたって平静である。日本で夕焼けを見るのと同じようなもので、美しいけれど珍しいものではないのだ。やがて私も一重の虹なら黙って見過ごすくらい「虹慣れ」してしまった。

 ヨーロッパには、虹の橋のたもとに黄金の詰まった壺が埋まっているという言い伝えがある。

すっかり「虹慣れ」した私は、それが本当ならさしずめスコットランドなどは大判小判がざっくざっくと出てくる金満国だろうにねえ……などとあざ笑っていたのだが、近年スコットランドにかなりの金鉱脈が眠っているというニュースが話題になった。ハイランドではカナダ人が金鉱発掘会社を設立して本格的に鉱山操業を始めたし、シェトランド諸島でも非常に良質の金が発見されて、北海石油に代わる貴重資源の登場と地元を沸かせているという。

 鉱山技師たちが虹の橋をたどってスコットランドにやって来たのかどうかは知らないが、昔の人の迷信もなかなかあなどれないものである。

大修館書店『英語教育』誌1997年9月号に掲載。)


©杉本優 許可なく転載不可


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