ふだん着のスコットランド 1章 3


注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年3月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 


1章 スコットランドへようこそ

3. もっと光を!

夏は光の季節

スコットランドは一年中うすら寒くて風が強く、ぼそぼそと雨が降る土地だ。だから気温や天候の季節による変化があまり大きくない——という話は以前書いた。

ではスコットランドは季節のうつろいのない国なのかというとそんなことはなくて、季節の変化は充分に肌身に感じられる。ただ日本の常識になっている季節感とは感じ方が違っているだけだ。日本の季節感が気候なら、スコットランドの季節感は光である。

 

私が初めてスコットランドに行ったのは3月末だった。

スコットランドに長期滞在するなら、この季節に行くのが一番いい。気候も日本とさほど違わないのですんなりとなじめるし、いろいろな花が一斉に咲き始めるのを見ていると気持ちも自然に浮き立つ。そして何よりも、日の長さが日本とあまり変わらないのでショックがない。

季節による日の長さの差は日本でもわからないわけではないが、「なんとなく長く・短くなったかな」という程度のわかり方にすぎない。高緯度の土地での季節差は、いくら話で聞いていても体験するまでなかなか理解できないものだ。

 

「昼間に寝なきゃならないなんて・・・」

中学だったか高校だったかの英語の教科書に紹介されていた詩が思い出される。作者は確かスコットランド出身の小説家であるスティーヴンソンだったと記憶しているが、もう10年以上前の話だから定かではない。読者の中にはご存じの方がおられるかもしれない。

 

内容は要するに、子供が夏のある夜、寝る時間だというのでベッドに押し込まれたが、外はまだ昼間のように明るくてとても寝てなんかいられない、まだまだ遊びたいのにと不満を並べるのだ。

これを授業で読んだのだが、正直なところどうもよくわからなかった。イギリスの子供はずいぶん早くに寝かされるのだろうか。きっと幼い子供の話に違いない。まだ外が明るいなら7時ごろだろうか。それにしても昼間のようとは大袈裟なやつだ。

 

3月末にサマータイムに入ったスコットランドでは、その後6月の夏至までどんどん日が長くなっていく。その速度たるやただごとではなく、大体1週間で15分くらいはのびていると思う。

日没時間は夏至の前後には9時頃だろうか。6時を過ぎても7時を過ぎても、あたりはいつまでも午後の太陽にこうこうと照らされている。日没1時間前くらいからようやく「こうこう」が取れるが、それでもまだこれは昼間の明るさだ。

 

やっと日が沈んだ後も、すぐには暗くならず、薄明るい状態がこれまた長く続く。それから次第に夕闇が迫って、やがて星が見え始め、最後にやっと真っ暗な本物の「夜」がやってくるのだが、それまでには時間はなんと11時を過ぎている。

なるほど詩の中の子供が不満なはずだ。子供どころか大人が寝る時間になっても戸外はまだ夜の闇には至らないのである。

 

夏はよいよい 冬がこわい

自然のバランスで、夏至が過ぎれば今度は日の長さが縮み始め、8月も終わり近くなると日がどんどん短くなっていくのが目に見え始める。

これが秋の到来で、あっという間に日暮れが早くなっていくのを眺めるのはなんとも心寂しい。10月末には、5時の定時に会社を出ればあたりにはもう夕闇がおり始めている。朝の通勤時も薄暗く、車のライトをつけて運転するようになる。それからサマータイムが終わり、時計の針が後に戻される。

 

この時の変化には、どんなにしっかり心の準備をして臨んでもやっぱり気が滅入る。夜の季節の到来だ。

定時終業が真っ暗な夜闇の中になる。しばらくの間は朝の通勤時がまた明るくなるからありがたいが、この状態は長く続かず、またどんどん暗くなっていく。

 

実はこの原稿書いている今が冬至直前なのだが、朝7時ごろ起き出してお弁当のサンドイッチを作り、ニュースを見ながら朝食を食べ終わっても窓の外はまだ夜だ。会社に行くのがつくづくいやになる。

洗顔・着替えを済ませ、出勤の支度をするうちにようやく空がほのかに藍色がかり、物の形が見分けられる程度になるが、もちろんまだ車の運転にはライトが必要な暗さである。朝からさっそく気が滅入る。

8時半の始業時間には、まだ日の出にすら至っていない。

 

午後は3時半前後に15分の休憩をとるが、天気のよい日だと、ちょうど真っ赤な太陽が南西の地平線の向こうに消えていところを眺めることができる。あいにく天気のよい日は少なくて、どんよりとした薄暗闇の中でお茶を飲むことの方が多い。

 

冬の間に見る光と言えば、通りの頭上にぶらさがるクリスマスのイルミネーションや、きらびやかに飾られた店のショーウィンドウや、電球をいっぱいつけた街角のクリスマスツリーだけだ。

日本の正月飾りが松竹梅にしめ飾りと落ち着いた調子なのに対し、クリスマス飾りというものはどうも派手で、日本で見るとけばけばしさが鼻につくのだが、北風が身にしみるスコットランドの午後3時の暗闇の中では、その光の洪水にかえってほっと気持ちが暖まる。

 

グリニッジ標準時なんかもういらない?

さて、最近になってこの「冬の光」の問題が政治の舞台に登場した。

事の起こりはイングランドの某国会議員が「グリニッジ標準時の使用をやめ、大陸諸国の時間と合わせましょう」という議案を提出したこと。実はこれ、以前にも一度試されたことがあるらしい。サマータイムのまま、冬時間に戻さずに冬を過ごしたのだ。

ところが、サマータイムのままだと前述の通り朝が暗い。この施策の結果、闇の中を登校する子供が車に轢かれる事故が激増し、政府はあわてて冬時間を再導入したのだった。

 

今回この案が蒸し返されたのには2つの理由があった。

まず、欧州連合のメンバーでありながら大陸諸国と時差があるのでは、ビジネスに差し支える。8時間の業務時間があっても、ヨーロッパ諸国と仕事ができる時間はそのうち6時間だけだ。コンピューターネットワーク等の発達で離れていても同時に仕事ができる環境が整ってくるにつれ、この失われた2時間がなんとも惜しくなる。

 

そんなビジネス界の声に加えて、新たな統計が飛び出してきた。暗い夕方に外で遊ぶ子供が自動車に轢かれることが増え、そちらの方が登校中の危険よりもずっと大きな問題になっているというのである。

サマータイムを続けてヨーロッパの冬時間に合わせれば、夕方の帰宅ラッシュの時間はまだ明るさが残っており、事故が減るはずだ。

ヨーロッパと子供という2大切り札を出されて、イングランドではグリニッジ標準時間からヨーロッパ時間へという世論が次第に大きくなってきた。それに応えてこの議案が登場したのだった。

 

スコットランドとイングランド、「光」で対立

ところがここへ、北の彼方から「おい、ちょっと待て」という声が掛かった。スコットランドの農業従事者の声である。

 

冬至頃のスコットランドでは、現在の冬時間でも日の出は9時近い。サマータイムを続けるということは日の出が10時になることを意味する。朝の早い牧畜業の世界では、事実上労働時間の大部分が夜の闇の中におさまることになってしまう。南イングランドの連中にその苦労がわかるか、というのだ。

さらに、日没の早いスコットランドでは、時計を1時間遅らせたって帰宅ラッシュの頃にはもう真っ暗だ。それほど事故が減るとは思えない。

 

イングランドの世論は「スコットランドの牛飼いなんかより、うちの子の安全の方が心配。スコットランド人なら冬の暗さになんてもう慣れてるでしょ」とそっけない。

これがスコットランド人の神経を逆撫でし、「イングランドの奴らはスコットランド無視の自己中心主義。これはやっぱり国家独立しかない」と話は極端に進む。

 

議案を出した当の議員は、「スコットランドが反対というならイングランド・ウェールズ法として通過させ、スコットランドは現状維持でも私はいっこうにかまわない」とまで言い始めたから、これはどうかするとイングランドとスコットランドの間に時差が生まれるかも、とマスコミも飛びついて、今や光は時の話題である。

これを読者が読む頃にはどんな成り行きになっているだろうか。スコットランドとイングランドが光を争って袂を分かつ——なんてことにはまさかなっていないと思うのだが。

 

大修館書店『英語教育』誌1996年3月号に掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


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