ふだん着のスコットランド 2章 2

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1997年11月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 


2章 スコットランドに行こう

2. エディンバラとグラスゴー

60キロを隔てたライバル

 日本を代表する都市が東京であり、フランスを代表する都市がパリであるように、イギリスを代表する都市は言うまでもなくロンドンだ。しかしスコットランドを代表する都市は?と聞かれれば、答えは2つ出てくる。もちろん1つはエディンバラ、もう1つはグラスゴーだ。そしてこの二都は互いにライバル意識が強いので有名である。

 日本にも東京と大阪の間にライバル意識らしきものがあるが、この場合東京の優勢が明らかで、東京の優越意識と大阪の意地、という図式になってしまう(大阪の皆様、ごめんなさい)。

エディンバラとグラスゴーの場合はそれぞれ東部と西部の中心都市として、もう少し力の均衡したライバル同士らしい対立になる。

 東部西部と言っても、エディンバラとグラスゴーがあるのはスコットランドが腰のようにくびれたところだから、両市は距離的には60キロ程度しか離れていない。ところがエディンバラとグラスゴーは町の様子・性格から住む人の気性、そして言葉さえもはっきりと異なっている。

それでは二つのライバル都市の言い分を聞いてみよう。

エディンバラ — そりゃあなた、首都ですもの

 まずエディンバラだが、これは押しも押されぬスコットランドの首都である。

と言っても、「首都」という言葉は国語辞典によると「国の中央政府のある都市」のことだそうであり、独立した「国」ではないスコットランドの首都という表現は奇妙に聞こえるかもしれない。しかし 290年前にイングランドと合併するまではスコットランドは独立王国だったのであり、エディンバラがその首都だった。

一方グラスゴーは、18世紀の海外貿易と19世紀の工業で急速な発展を遂げる以前は、大聖堂と大学があるというだけが取り柄の田舎町だった。

 エディンバラは京都・奈良のような「昔の首都」ではなく、今もスコットランドの政治的中心として機能している。イギリス政府にはスコットランド省という専門官庁があって、これがエディンバラにあるのだ。さらに今政府が準備を進めている地方分権体制が走り出す暁(注:1999年に開始した)には、スコットランド議会もエディンバラに設置されることになっており、首都機能はいっそう強まるはずだ。

エディンバラに観光客は集い、文化は花開く

 海外での知名度、観光面での人気でも、エディンバラはスコットランド随一を誇る。

何しろ第一印象がこれほど壮観な都市はイギリス全体を探してもなかなかない。駅から出るとまず町並みの中心に岩の塊のような丘がそそり立ち、その上に中世の城が鎮座しているのが目に飛び込むのだ。

それを守るように高くそびえる石造の建物の間を上っていくと、観光客でにぎわう「ロイヤルマイル」に出る。
城の足元には緑したたる公園と賑やかなショッピング街、その向こうには 200年以上前に設計建築された「ニュータウン」の町並みが美しく落ち着いたたたずまいを見せている。

 別名「北のアテネ」と呼ばれる調和美あふれたエディンバラに比べ、グラスゴーは、個別には立派な建物や観光の目玉になる施設がいくらでもあるのに、町全体として見た時にぱっと目を引くものがない。

 そしてもちろん、エディンバラには毎夏恒例の国際演劇祭(the Edinburgh Festival)がある。

もともとは第二次大戦後の窮乏時代に陰鬱さを吹き払う催し物として出発したというフェスティヴァルは、今では世界中の舞台芸術を引きつける磁石のような一大イベントになっている。

一流の海外劇団が集まる公的な演劇祭と並行して、「フリンジ」と呼ばれる非公式のフェスティヴァルも年々規模が拡大し、市中に散らばる劇場はもちろん、公園や通りにいたるまで町全体が劇場に変貌する。演目の数は1000を越え、プログラムをチェックするだけでも一苦労な程だ。

同じ時期にエディンバラ城で開催される壮大な軍楽パレード(Military Tattoo)もこれに華を添える。

 対抗するグラスゴーの方は、実はこちらも毎年5月にメイフェスト(Mayfest)と銘打って同様の演劇祭を開催していたのだが、知名度も今一つでエディンバラのような集客力はなく、採算がとれずに最近打ち切りとなってしまった。

スコットランド人の半分はグラスゴーっ子

 これだけ並べてしまうと、「じゃあやっぱりスコットランドを代表する都市はエディンバラで決まりじゃないの?」と思うだろうか。ところがそう一筋縄でもいかないのだ。

 グラスゴーの強みはなんといっても人である。

まず人口。ロンドン、バーミンガムに次ぐイギリス第3の都市である。エディンバラがいくら首都だ首都だと騒いだって、人口ではグラスゴーの6割程度、大したことはない。

おまけにグラスゴーの周辺には他にも人口の多い町が固まっていて、全部合わせるとなんとスコットランドの人口の半分がこの地域に集中している。スコットランド人の半数は、グラスゴーっ子か準グラスゴーっ子なのである。だからグラスゴーという都市の文化は、即スコットランドを代表する文化、いやスコットランド文化という地位を獲得してしまう。影響力という点では日本での東京と似たような立場にある訳だ。

 数で押すだけがグラスゴーの取り柄ではない。一般にグラスゴーの人間はエディンバラ人よりもフレンドリーだ。

エディンバラの別名の一つに「麗しいが心ない乙女(beautiful lady without a soul)」というのがある。町並みの印象は美しくても住む人々はどことなく冷たくてよそよそしい、という意味だ。

 それに比べるとグラスゴーの性格はずっと下町的で、住民は共同体精神が強く、気さくで親切だと言われている。

これには多分に自己宣伝の誇張も含まれているのだろうが、グラスゴー出身者以外に聞いてもフレンドリー度に関しては概ねグラスゴー人に軍配を上げるところを見ると、信憑性はあるようだ。

活気みなぎるグラスゴー

 グラスゴーはかつて鉄鋼・造船の重工業で栄えたが、第二次大戦後は日本に押されて衰退し、失業・貧困・犯罪が深刻な問題になった。しかし1980年代には “Glasgow’s miles better(グラスゴーははるかに良くなった)”というスローガンのもとにハイテク・サービス産業の誘致、都心の再開発が進み、見違えるような再生を遂げた。

 私が留学していた1989年に、グラスゴーは「欧州文化都市(European City of Culture)」の指名を受けた。これは欧州各国の間で毎年に順番に回ってくるのだが、普通は首都、旧都が指名されることが多く、ロンドン・エディンバラを押し退けてグラスゴーがイギリス代表の指名を受けたのは大変な快挙だった。

一方、同じ年に出た統計でエディンバラは、ヨーロッパでエイズとHIVの罹患者が一番多い「欧州エイズ都市」という悪名を頂戴し、「文化のエディンバラ、スラムのグラスゴー」を自負していたエディンバラ住民にはまさに泣きっ面に蜂の年となった。

 大都市の魅力はやはり娯楽の豊富さに尽きると思うが、ショッピングをとっても、食事処やナイトライフを比べても、グラスゴーはエディンバラより賑やかだ。エディンバラには観光客で賑わうが、スコットランドに住む若者はグラスゴーに集まる。現在のグラスゴーに確かに、スコットランド第一の都市を標榜するにふさわしい活気、勢いがある。

オリンピックで手をつなぐか?

 何かといえば競い合いいがみ合うことの多い両都市が今、手をつなごうとしている。

目的はオリンピックだ。イギリスではロンドンが過去唯一のオリンピック開催都市であり、グラスゴーもエディンバラもオリンピックで世界の目を集めるというアイデアには心を惹かれるが、あいにくどちらも単独では力不足である。というわけで両市の市長が会談し、マスコミに披露したのが、エディンバラ・グラスゴー共同開催の「スコットランド五輪」というアイデアだった。幸いにもエディンバラとグラスゴーは距離が近く、物理的には充分に実現可能である。

 まだまだ具体的な話はこれからであるが、地元スコットランドの注目は、まず両市が喧嘩別れせずに共同プロジェクトを打ち上げることができるかという点に集まっている。

大修館書店『英語教育』誌1997年11月号に掲載。)


©杉本優 許可なく転載不可


後日談:
オリンピックの話は、両都市のいがみ合いのせいではなくイギリス政府の支援が得られないという理由でお流れになったようです。この手の話は消えたと思うとまた出てくるようで、2010年のサッカーワールドカップのスコットランド・アイルランド共同開催なんてアイデアも出ていました。今は2008年欧州サッカー大会招致を目指して、スコットランド議会の議員グループが運動しているようです。こりないなあ・・・。


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