ふだん着のスコットランド 3章 6

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

3章 スコットランドの味

野菜を食べない菜食主義者?

菜食主義の国イギリス

ハギスについて少し書いたが、ある観光客向けお土産屋さんに行ったら、缶詰のハギスと並んで、同じく缶詰の「ヴェジタリアン・ハギス」というのがあったのが目を引いた。ハギスの材料は羊の端肉や臓物を挽いたものとオーツ麦と香辛料なのだが、ヴェジタリアン・ハギスのラベルを見ると、肉やモツの代わりにナッツや豆の類いを挽いて使っているらしかった。

イギリスはヴェジタリアン(vegetarian)、日本語に直せば菜食主義者の多い国である。数の多さを反映して、ここ数年ヴェジタリアン向け食品の類いがずいぶん増えてきた。
一昔前にはヴェジタリアン食といえば豆やらナッツやらを肉の代用にして、自分で手作りするしかない世界だったが、今ではスーパーの出来合い食品や冷凍食品の陳列棚に「ヴェジタリアン・コーナー」が設けられているのが普通だ。

ポール・マッカートニーとリンダの夫妻はヴェジタリアン有名人の代表だが、リンダ・マッカートニーの名を冠した肉無し冷凍食品シリーズなんてのもあって、これがなかなか悪くない。植物性蛋白質を使った「肉無し食品」も、最近は違和感がほとんどないくらい質が上がっている。

レストラン等でも、伝統厳守のフランス料理店を除けば、ヴェジタリアンメニューを提供している。飛行機の機内食でも、予約の時に指定すれば肉抜き特別メニューを出してくれる。
何しろあの牛肉100%が売り物のマクドナルドでビーンバーガー、すなわち大豆のバーガーを売っている国だ。ケンタッキーフライドチキンはさすがにまだ代用チキンには手を出していないようだが、これも時間の問題かもしれない。

だってかわいそうじゃない

私の夫は30代に別れを告げる歳になって突然ヴェジタリアンになったが、以前はとにかく肉が大好きな人だった。あまり肉を食べない私もそれにつきあわされ、しかも当時は生活もかなり苦しくて、さほどおいしくもない安い肉ばかり買って食べ、時にはちょっとうんざりしたものだ。それが突然宗旨変えしたのは、ガソリンスタンドの夜勤として働いていた春のことだった。

イギリスのガソリンスタンド(petrol station)には食料雑貨店を兼ね、深夜あるいは24時間営業、給油はセルフサービスというのが多い。仕事の内容は日本で言えばコンビニのレジ係のようなものだと思えばわかりやすいだろう。私の夫が働いていた場所は高速道路脇の24時間営業で、夜間の客は給油と夜食買い込みに立ち寄る長距離トラックの運転手やタクシーが多かった。

そこへある日、子羊を満載したトラックがやって来た。
羊牧場の多いスコットランドだから、これは特に珍しいことではない。行き先は当然屠殺場、ラム肉になる運命である。羊を運ぶトラックは中が2階建てになっていて、合計すると相当の数を押し込んであるから、それが一斉に鳴く声が深夜のしじまに響き渡る。
羊の声を聞く機会など日本ではあまりないが、なぜかいかにも悲しそうな響きがある。ドナドナの歌などバックグラウンドに流れてでもきそうな哀調で、ただし荷馬車に子牛一匹ならかわいいが、トラック満載の子羊だから迫力がある。

私の夫はトラックの運転手にハンバーガーを渡しながら、この哀愁あふれるめえめえの大合唱を聞いていた。ちょうど数日前にテレビで、屠殺場での殺し方がいかに苦痛に満ちた残酷なものであるかという番組を観た矢先のことだった。ラム肉は大好きだが、これは胸にこたえた。肉食は残酷なんだ、もう肉なんか食べないぞ、とその時誓ったのだそうだ。

イギリス人に多いパターンである。いつまで続くやらとこちらは内心思ったのだが、意外によくがんばっている——もっとも、根が肉好きだから時には誘惑に負けてしまうこともあるが。(注:夫の菜食主義は結局4年で終わった。スペアリブの誘惑には勝てなかったのだ。)

ヴェジタリアンにもいろいろありまして

ヴェジタリアンと一口に言っても、いろいろなタイプがある。
食べ方という面では、私の夫は厳密な意味での菜食主義者ではなく、むしろ肉不食主義者(non-meat eater)という方が正確だろう。肉は食べないが魚介類はオーケー、乳製品も卵も食べますよ、というおおらかなタイプだ(魚は鳴かないのであまりかわいそうだと思わないらしい)。

一方、動物性の食品は一切触らない厳格な菜食主義者もいて、こちらは特別にヴェガンと呼ばれている。狭い意味でのヴェジタリアンという言葉はこの両者の中間に当てはまり、「動物を殺すことで得られる食品を食べない人」、要するに無殺生主義だ。

なお、本当はヴェジタリアンのうちには入らないが、健康食主義者(healthy eater)とでもいうべき人達がここ10年くらいでじりじりと増えてきた。心臓病や肥満の多いことを憂慮した保健省が、肉より魚、赤身の肉より鶏・七面鳥等の白身の肉を食べなさいと訴えたのが効を奏し始めたのだ。
狂牛病 (BSE)の問題もこれに拍車をかけた。禁止になって大問題に発展したのは最近だが、狂牛病そのものは1980年代から出てきた問題だ。人間にも伝染るのではという噂は飛びかい始めてからも、もう数年が経つ。これで牛肉をやめる人がずいぶん増えた。

動物愛護と健康ばかりがヴェジタリアン転向の理由とは限らない。私自身も肉はほとんど食べないが、これは夫が肉断ちして以来肉を買うのをやめた、「おつきあいヴェジタリアン」である。主義も主張もなく、ダイエット効果があるしちょうどいいやなんて軽い気持ちでつきあっているだけだ。ヴェジタリアン食品の売り上げを押し上げているのは、実はこのタイプなのかもしれない。

ヴェジタリアンはかっこいい?

イギリスの菜食主義の動向を見ると、どういうわけか若い人ほど多い。10代の子供達の間では、ヴェジタリアンはもう珍しい存在ではない、という話もある。
どうやらティーンエイジャーにとって、ヴェジタリアンはかっこいいと考えられているらしいのだ。動物愛護の気風が強いイギリスのこと、友達に「私、もう肉は食べないの。だって残酷なんだもん」と颯爽と言えばいかにも立派に響き、心理的な優越感があるものなのかもしれない。言われた相手もこれでは「あんたは残酷」とけなされたも同然、じゃあ私も一念発起して肉断ちするかという気になるのだろう。

夫の娘も小学校高学年以来のヴェジタリアンである。周囲の者を残酷だ野蛮だと非難して心優しい友人を次々と改宗させ、父親の転向にも一役果たしたが、彼女の菜食主義というのはちょっと怪しげである。
まあ確かに動物愛護の精神も理由の一つではあろうが、彼女の場合は実は幼い頃から偏食が多かった。最初から肉も魚も苦手で、嫌がらずに食べるのは牛挽き肉だけだった。これをやめたら即ヴェジタリアンの出来上がりだ。

しかし彼女の偏食は肉だけに限らない。なんと、菜食主義を標傍するくせに野菜も嫌いなのだ。
マッシュルームとコーンとじゃが芋(もっともこれはイギリスでは野菜でなく炭水化物グループに入れる)は食べるが、あとはみんな嫌い!と拒否する。あれでよく育ったものだとあきれるような偏食で、しかもナッツのアレルギーがあるから、ヴェジタリアンメニューでもナッツ入りは駄目。大豆バーガーとマッシュルームピッツァだけはいくら食べても飽きないようだが、あれは飽きないのではなくて偏食が高じて他に好きなものがないだけなのかもしれない。
そんなことは棚に上げて肉を食べる友達を責めるたくましさには感心するばかりだ。

彼女を見ていてふと思い出すのは、小学校時代のある同級生だ。肉が嫌いで食べられず、給食の時間はいつも先生に「好き嫌いはいけません」と叱られ、昼休みにも一人残って、泣きそうな顔をしながら冷たくなったお椀の中身を先割れスプーンでつっついていた。
現代イギリスに育ったなら、先生の言葉など良心のかけらもない残酷野蛮人のやつ当たりと聞き流し、かっこいいヴェジタリアンとして颯爽とたくましく幼年期を過ごしたろうにと思うと、今更ながら同情してしまうのだ。

大修館書店『英語教育』誌1996年8月号に掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


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