ふだん着のスコットランド 4章 1

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

4章 ところ変われば・・・

皿洗いの文化論

キッチンで「ふーんそうか」

外国で暮らし始めてしばらくは、万国共通当たり前だと思っていたことが実はそうでもない、と気づくことがしばしばある。
カルチャーショックというほど大袈裟なものではなく、ちょっとだけ「あれっ」とか「ふーんそうだったのか」と思う程度のことだ。キッチンも私にとってはその一つだった。

例えば、日本の台所には必ずあるのに、イギリスのキッチンでめったに見ないものの代表というと、換気扇だろう。日本では煙の出る料理中とか、瞬間湯沸器を使う時とか、毎日当たり前と思って回していた換気扇がない。瞬間湯沸器もないから皿洗いの時はいいとしても、焼き物とか揚げ物とか煙が出たらどうするのか?
窓を開けるのである。

逆に、日本では必需品扱いしないがイギリスのキッチンでは標準装備されているものというと、これはまずオーブン。日本だと「オーブンレンジ」とか「オーブントースター」の方が普及していて、専用オーブンというのはそれほどよく見かけるものではないと思う。

イギリスでは、オーブンのないキッチンはまずない。それはなぜかというと、コンロとオーブンを別売りしていないからだ。日本でコンロを買うと必ず真ん中に魚焼き用グリルというのがついている、あれと同じ理屈で、コンロ(hob)とグリルとオーブンは一体で「cooker」として売られている。

冷凍庫(deep freezer)も一般的だ。イギリス人の冷凍食品好きがうかがえる。
雑誌で読んだ話だが、とある北欧家電メーカーが欧州市場統合を機に欧州他国に拡大をはかろうとしたが、いざ着手してみるとこれが大変。冷蔵庫一つ取ってみても国によって好みがまったく違う。フランスでは冷蔵部分が大きく、フリーザーは上部についている。イギリスでは冷凍部が下にあり、スペースの半分かそれ以上を占めている。おかげで製品モデル数を大幅に増やさねばならず、開発費がやたらとかかったそうだ。

とは言え、実はイギリスでも冷蔵部の方が大きい冷蔵庫も売っていて、これを使っている家庭は通常、フリーザーだけの冷凍庫を併用する。

そう言えばもう一つ、これは製品自体ではなくて置き場が珍しいのだが、ほとんどの家では洗濯機はキッチンにある。イギリスでは洗濯機というと正面にガラスの扉のついた背の低い全自動タイプで、これは調理台の下にすっぽりと収まる。洗濯も台所も同じ水回り関係だし、キッチンには裏口がついていて直接物干しに出られるし、考えてみればちゃんと理屈にかなっている。

皿洗い機は女性の地位のバロメーター?

日本ではあまり見ない皿洗い機(dish washer)も、イギリスでは次第に増えているようだ。
皿洗い機というと思い出すのは日本でしばらく英会話学校に通った時のこと。ある日の授業で「女性の地位」を題材に取り上げたことがあった。どこから引用したものなのか、英文のプリントには日本の家庭内での女性の地位を示唆する統計として、「高額の買い物の決定権は夫○%、妻△%」等々といった内容に混じって、「皿洗い機普及率×%」という項目があったのが、何とも奇異に感じられた。
先生の弁によると、欧米では皿洗い機の普及率は共働き率の上昇と比例して上がっていくものなのだということだったが、日本にでもこれが当てはまるものなのか、首をひねったのを覚えている。

イギリスの場合、皿洗い機はどの家庭にでもあるというほど一般的に普及している製品ではなくて、ビデオカメラとか乾燥機あたりと同様、「お金があるなら買いたいけれど、どうしても必要というほどのものではない半贅沢品」という分類に入っているようだ。だから、よくクイズ番組の賞品に入っていたりする。
夫婦ともフルタイムで働いていて、収入はあるが家事に費やす時間がない、じゃあいっそ買っちゃおうか、といって買うものだとすると、先生の言う通り共働き率と皿洗い機普及率の比例関係はイギリスではちゃんと成り立っているのかもしれない。

しかし共働き率がどんどん高くなっているはずの日本で、皿洗い機が飛ぶように売れているかというと、そんな話は聞かない。
実際日本人は皿洗い機に対して、あんな機械で汚れが本当にちゃんと落ちているのか、という根強い不信感を持っていると思われる。

ところが、イギリスでも皿洗い機の洗い上がりは同じようなものだと思うのだが、それでも洗い上がりに不満だから皿洗い機を買わないという声をほとんど聞かない。洗濯機の洗い上がりが不満だから服を手洗いしていますと言う人がいないのと同じことだ。この違いはどこから生まれるのか?

二槽式か一槽式か

イギリス人のお皿の洗い方を見ると、この理由がわかってくるような気がする。皿洗いとは洗剤をつけたスポンジでお皿をこすり、流水(湯)で泡をすすぎ落とすことだと信じきっていた私には、これは「あれっ」の段階を超えた本物のカルチャーショックだった。ではここでイギリス式お皿の洗い方を説明したい。私がこれまで見た限りでは、皿の洗い方には大きく分けて二種類がある。仮にこれを「二槽式」と「一槽式」と呼ぼう。

まず「二槽式」。
高級なキッチンだとこの方法用に流しが二つ並んだものがあるが、流しが一つしか無い場合はたらいを併用する。なおこの方法は一人ではやりにくいので、家族に手伝わせて二人か三人一組で行うと理想的である。

  1. まず両方の流し(または流しとたらい)にお湯を張る。このためイギリスではキッチンの流しに必ずゴム栓がついている。
  2. 次に、片方にだけ食器洗い洗剤を溶かす。すでに流しまたはたらいに汚れた食器が入っている場合は、そちらの方に洗剤を入れる。イギリスの食器洗い洗剤はどろっとして毒々しい色のいかにも「洗剤」という感じの液体で、最初見た時にはぎょっとしたものだが、流しいっぱいの水に溶かして使うためのものだと分かれば、それも納得がいく。
  3. お皿こすり用具を握る。これは日本だとスポンジ状のものが一般的だが、イギリスでは「dish cloth」と呼ばれるふきんを使う人と、柄のついたブラシを使う人とに分かれていて、スポンジ派は多くないようだ。
  4. 汚れた皿を洗剤が入っている方のお湯に突っ込み、液中でふきんなりブラシなりでぐるぐるっとこする。
  5. その皿を、次の係の人に渡す。次の人は受け取った皿を洗剤抜きの方の流しのお湯にざぶっと突っ込む。これがすすぎである。
  6. お皿を水切り台に置く。三人目がいる場合は、この人が「tea towel」というふきんでお皿を拭いて出来上がり。

当然の事ながら、この作業を続けるに従い流しのお湯はどちらもだんだん汚くなっていき、しまいには洗剤入りの方は底に食べかすが沈み、油が浮いて泡も立たず、逆にすすぎ湯の方は泡だらけ、という状態になる。本当にお皿がきれいになっているのか、何とも疑わしい。しかしこのくらいでびびってはいけない。

一槽式で手抜きがふつう

前述の通り二槽式は一人ではやりにくいし、流しが一つしかない場合はたらいの置き場所を確保するのも面倒だし、洗うお皿の数も少ない時には、手間のかかるだけ無駄だ。というわけで簡略版の「一槽式」になると、すすぎ用の流しは省略されてしまう。

それと同時にすすぎのプロセスも省略する。つまり、洗剤溶液の中でぐるぐるっとこすられたお皿は、泡だらけのまま直接水切り台に並ぶ。簡略版なので拭き作業も省略されることが多く、お皿は泡にまみれたまま自然乾燥する。乾いたお皿はもちろんあまりぴかぴかしていないが、洗剤で洗っているのだから充分きれいになっていると考えるのが当然、というのが一槽式の主旨である。

家庭だけではない。学生食堂のお皿、パブのグラス、みなこんなものだった。私の勤める日系企業の社員食堂では、日本人がナイフとフォークを使う前に紙ナプキンで拭いている姿をよく見かける(お皿はすでに料理が載っているので拭けない)が、現地社員は平気な顔で、いかにもくもって見える食器を使って食べている。慣れているから平気なのだ。
ここまで知ると、なるほど皿洗い機の洗い上がりで充分満足なわけだ、と納得する。

お皿とお風呂の共通項

思うにこのお皿洗いの東西文化の違いは、お風呂の違いと似ているのではなかろうか。
日本のお風呂では、タオルに石鹸をつけて体をこすり、それをお湯できれいさっぱりと洗い流してからお湯につかる。風呂おけは体を洗う行為とは関係なく、お湯をためておくのと、きれいになった体を温めるためにあるだけだ。

洋式のお風呂では、特大たらいのような形をした浅いバスタブにお湯を張り、そこに石鹸を入れ、石鹸液にひたって体を洗う。
私は西洋式バスの場合どうやって体を「すすぐ」のかいつも不思議に思っていたのだが、正解は、「すすぎ」はせず、自分の垢と石鹸の泡の浮いたバスタブから出るとそのままタオルで体を拭くのだった。石鹸で洗ったんだから充分きれいになってるでしょ、という発想が、洗剤で洗ったから衛生的、というお皿洗いの概念と共通していると思う。

というわけで、風呂場経由で再び厨房に戻ったところで話を終わらせよう。
私自身?皿洗いはかたくなに日本式、お風呂は使わずシャワーで済ませております。

大修館書店『英語教育』誌1995年10月号に「厨房の話」の題で掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可

余談:

これを書いてずいぶん経ってからマークス寿子(敬称略)の本を読んでいたら、やっぱりイギリス人のお皿の洗い方を見てぞっとしたというような話が載っていました。やっぱり同じ日本人だなあと妙に納得。

この前うちの隣人がお皿を洗っているのを眺めていたら、上記2つと違う方法のどちらともちょっと違うので、おやっと思いました。ちゃんと温水栓からお湯を流しながらすすぎをしているのです。おお、イギリス人でもちゃんとお皿をすすぐ人がいるんだなあと感心して見ていたのですが、よく見るとセッティングは一槽式と同じで、すすぎ湯は洗剤液の中に入っていくんですね。したがって、続けているうちにどんどん洗剤液が薄まって、流水とあまり変わらなくなってしまう・・・。うーん、なんか違うんだよなあ。

ところでこの章はスコットランドの話というよりイギリス全体にあてはまる話を書いていますが、スコットランドもイギリス(Britain)のうちということで、おつきあいください。


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