ふだん着のスコットランド 4章 2

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

4章 ところ変われば・・・

2本指で敬礼

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語学留学はホームステイか寮生活か?

外国語を習得する一番いい方法は、その言葉が話される環境に身を置くことだという。
英語環境に身を置きさえすれば努力なんかしなくても自然に英語力がつくと考えるのは大きな間違いだが、真面目に努力する人にとって助けになることは事実だろう。語学留学というと、語学学校ならホームステイ、大学なら寮に入って生活することになるのが普通だ。しかし、私自身1か月をホームステイ、1年間を大学寮で過ごした経験から言うと、大学寮というのは英語学習者の生活環境としてはあまり良くない。

ホームステイの魅力は、何と言っても現地の家庭生活というものを垣間見ることができることであって、異文化体験という点でも貴重だと思う。語学学習という点から見た長所は、一家族一人の割り当てか、二人の場合でもたいていは国籍が違う組み合わせになるよう配慮してくれること。学校ではいくら日本人ばかり固まろうと、家に帰れば日本語には頼れない。どうしても英語を話さざるを得ない。
学齢期の子供のいる家庭がホストだと特にいい。大人と子供の話し方はボキャブラリーから言い回しに至るまでずいぶん違うので、両方を聞くことは耳の訓練によい。また大人は普通子供の前ではきちんとした言い回しを使うものなので、外国人に対してもいい教師になる。

寮生活の場合、同年代の若者ばかりに囲まれるという環境が、長所にもなり短所にもなる。現地人、あるいは他の国からきた学生と友達になるというのは、やはりいい経験だ。ところが、英語の学習となるとちょっと困るのである。
子供は家庭で汚い言葉を使わないようしつけられるものだが、そうやって育った子供達が初めて親元を離れて大学寮に入ると、それまでの復讐だとでも言わんばかりに汚い言葉を使い出すのである。周囲の寮友たちも気持ちは同じ、「そんな汚い言葉を使うなんて」などと咎めるものもいない環境で、親が聞いたらショックを受けるような単語がぽんぽん飛び交う。

そのただなかに、英語を学びにはるばる極東からやって来た外国人が放り込まれるのである。学生たちは親や教師の前なら言葉を正しても、英語学習者の手前だからと汚い言葉を加減することはない。逆に面白がってあれもこれもと悪い言葉ばかり教え込む輩もいる。学生たちはもちろん時と場合を相手をわきまえて言葉を使いわけているのだが、留学生にはそんな芸当なかなか覚えられるものではない。英語教室でするっと口から汚い言葉が飛び出してしまい、先生をびっくりさせるという羽目になる。

Swear-wordsにもいろいろあって

「汚い言葉」という表現をずっと使ってきたが、これを英語では”swear-words”という。親が子供に”Don’t swear!(そんな言葉使うんじゃありません!)”と叱っているシーンをよく見かける。
“swear-words”の中には”bum”や”bloody”のように比較的おとなしいものから、”bastard”とか”arsehole”などかなり汚いもの、”fuck”や”cunt”のように非常に汚いものまで広く含まれる。中でも”fuck”は汚い言葉の代表格とされている。

この言葉がどのくらい汚いものなのか、同類の卑語を持たない日本人には、なかなか肌で理解しにくい。”Fuck!”と単独で言うと「しまった!」という程度の意味であり、”Fuck off!”は「邪魔だ!失せろ!」”Fuck you!” は「糞食らえ!こん畜生!」だろうか。”fucking~”は「糞~」と同じく形容詞的に使い、”fucked”は機械が壊れたり、人が窮地に陥った状態をあらわす(”He’s fucked.”なら「奴もおしまいだな」の意)。しかしこうして日本語訳をつけてみると、英語の原文の汚さが全く再現されていない。適当な訳語が存在しないくらい汚い言葉なのである。

どのくらい汚いかといいますと

“Fuck”は基本的に放送禁止用語だ。”Shit”や”bastard”程度の swear-wordsは夜9時以降なら特に問題もなく放送されるが、”fuck”はよほどの理由がない限り使わず、映画のテレビ放映でも削ってしまうことが多い。ヌード写真満載のタブロイド新聞でもこの言葉は”F***”と伏せ字にするので、一般に”F-word”と呼ばれている。

例えばAさんの態度が悪いのでBさんが注意したら、Aさんが”Fuck off! (うるせえ!)”と答えたとする。Bさんは憤慨して、友人Cさんに「Aさんに注意したらうるせえって怒鳴られた」と報告する。この時、BさんはCさんに”A-san told me to fuck off.”とは言わず、”A-san told me to eff off.”と言う。この”eff off”は”f*** off”という伏せ字を声に出して言ったものだ。F-wordは繰り返すのもはばかられるほどに汚い単語なのだ。

私の友人がある時母親と一緒に映画を観に行くことにしたそうだ。親と一緒だから当たり障りのないものにしようと、当時ヒットしていたロマンティックコメディ映画、”Four Weddings and a Funeral”を選んだ。ところがこの映画の冒頭シーンで、結婚式で新郎の介添人を務めるはずの主人公が寝過ごしてしまい、時計を見て開口一番 “Fuck!”と叫ぶ。友人は、「ロマンティックコメディだっていうから観にいったのに冒頭からあれだもの、お母さんがどう思ったか、私恥ずかしくて顔があげられなかったわよ!」と言っていた。そのくらい汚い言葉なのだ。

言い換えで切り抜ける

汚い言葉というのは、つい使いたくなる場面が出てくるから困るのだが、そんな時イギリス人が使うのが言い換えという手だ。
例えば、うっかりミスでワープロに入力したデータを全部消してしまった。そんな時は”Oh, shit!”と叫びたくなるのが人情というものだが、その代わりに”Oh, sugar!”と言うのである。私の夫の出身地スターリング(Stirling)は隣町フォルカーク(Falkirk)とのライバル意識が強い。だからスターリングの人達は ”Oh, fuck!”の代わりに”Oh, Falkirk!”と言うそうだ。もっと全国的な言い換えとしては”Oh, fizz!”や”Oh, fudge!”が使われる。

なるほどいいアイデアだと私も真似しようとしたが、これが意外に難しくて、興奮の余りつい「本物」の方が口から飛び出てしまう。むしろ”Oh, no!”と言うようにする方がずっと簡単だった。この辺が、英語圏で “Don’t swear!”と叱られながら育つという経験を持たなかった者の限界だろうか。

チャーチルのサインはVじゃない?

ここで突然話を変えるが、Vサインというのがある。
VはVictoryのVで勝利のサインであり、第二次世界大戦中イギリス首相を務めたチャーチルは、葉巻とVサインがトレードマークだった。ところが2年前、戦後50年のテレビ特集で、連合軍が第二次大戦の欧州戦に勝利した時のニュース映画を放送した。この中に、チャーチルが報道陣に向かって有名なVサインを出すシーンがあるのだが、これがどうも変なのである。

Vサインを出す時には手のひらを相手に向けて指2本を突き出すものだが、映像のチャーチルはカメラに手の甲を向けている。
些細な違いだと思うかもしれないが、イギリス人にとっては、手がどちらを向いているかでジェスチャーの意味が大きく変わる。手のひらが相手に向いていればVサインだが、手の甲を見せている場合はVではなくてFサイン、つまり “Fuck you!”という言葉をジェスチャーで表現する時のしぐさになってしまうのである。

チャーチルは国民に対して「勝ったぞ!」と言いたかったのではなく、本当は負けたドイツに対して「ざまーみろ!」と言おうとしていたのだろうか。

イギリスに旅行に行く人、買い物の際にはちょっと気をつけてほしい。英語のつたなさを補うためジェスチャーを使うのは日本人旅行者なら誰でもやることだが、「2つ下さい」のつもりで2本指を立てながら、手の甲を相手に向ける人がずいぶんいるのである。その手を下から上に突き出すように動かすのは特によくない。

日本では手がどちら向きになっていようと、指2本なら「2つ」のジェスチャーだが、イギリスでは大違いだ。高級ファッションに身を包んだ美しくてお金持ちの日本の娘さん達がハロッズに来て、無邪気な顔で”Two please”なんて言いながらFサインを突き出してくるのは、イギリス人にとっては何とも奇妙な光景なのである。

大修館書店『英語教育』誌1997年6月号に「FワードとFサイン」の題で掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


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