ふだん着のスコットランド 4章 3

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 

4章 ところ変われば・・・

明るく楽しくギャンブルを

実直なおじさんが賭け事とは・・・

日本では賭け事という言葉には何となく後ろ暗そうな、不健全な印象がただよう。
まあ最近は競馬が若い女性の人気を集めたりしているそうだから、そのあたりの事情は変わってきているのかもしれないが、私がいた頃の日本では、ギャンブルは犯罪と紙一重、まっとうな市民が賭け事に溺れたりするのは悪いこと、というのが一般的なイメージだったと思う。

だから、まだ二十歳前の私が初めてイギリスでホームステイした時、ホストファミリーのお父さん、親切で実直を絵に書いたようなジャックさんが、毎週土曜日に自宅でサッカー賭博に興じていることを知った時のショックは想像に難くないと思う。実直なこのお父さんは悪びれた様子などひとかけらもなく、不可解な顔をしていた私に、サッカー賭博の遊び方を親切に説明してくれた(ショックと貧弱な英語力のせいでその時はよく理解できなかったが)。

日本では賭博は基本的に非合法で、競馬・競輪・宝くじなどの公営ギャンブル以外は一切禁止している。本当はいけないんだけど、官憲承知の場合にはまあ許してやろう、という発想が日本的だ。
イギリスでは、ギャンブル中毒はともかく、ちょっとした大人の娯楽としてお金を賭けるぐらいならいいんじゃないの、ということになっている。何しろロイヤル・アスコット競馬では貴族社交界が総出で競馬場に繰り出し、女王様と皇太后が持ち馬にお金を賭けては勝ったの負けたのと無邪気にはしゃぐ国である。違法行為がからまない限り、賭博それ自体には違法性はない。賭博の運営もパブやレストランの経営と同じように、ライセンス制度にもとづいて民間企業で行っている。

賭けの対象に制限なし

Bookmaker(略称bookie)という単語は、日本に類似の職業が存在しない(日本でやったら違法行為だ)ので、訳しにくい言葉だ。辞書を見ると「馬券販売者」とか「競馬賭け元」なんて訳語が出てくるのは、日本では競馬を引き合いに出すのが一番わかりやすいからだろうが、bookmakerとは単に賭博業者、つまり客から賭けを受け付けるライセンスをもつ業者のこと。
ブッキーの店に行くと賭け券や配当表は競馬用とサッカー賭博用しか見当たらないが、それだけに限らず客の希望通り、何を対象にした賭けでも受け付ける。

ウィンブルドンにラグビー・ワールドカップ、ボクシングにグランプリレースまで、大規模なスポーツイベントとあれば何でも賭ける客はおり、ブッキーもちゃんと配当率(odds)を用意している。競技当日が近づくとスポーツニュースではよく「ブッキー発表では英国代表の○○選手のオッズは18対1だが、善戦を期待したい」なんていうコメントが出るし、優勝ほぼ間違いなしの本命のことをodds-on favouriteと呼ぶが、これは賭け用語で、勝つ可能性が高いため配当率が1対1以下の場合をodds-onと言うところからきている。

賭けの対象は何もスポーツでなくたっていい。例えば、毎年クリスマスが近づくと、ホワイトクリスマスの到来にお金を賭ける人がかなりいるらしい。選挙戦の行方も人気のある賭けの対象。王室関連の賭けも人気があるようで、チャールズとダイアナの不仲が公になるまでは「女王が来年中にチャールズに譲位する」という賭けの配当が発表されていたが、その後はチャールズとダイアナの離婚時期を当てる賭けに変わった()。

どんなに突拍子のない賭けであっても、賭ける客の作為的操作の余地がないことならブッキーは賭けとして受け付ける。町の支店で配当率をあらかじめ準備していないような変わった賭けなら、支店から本店に連絡して配当率を計算させる。
私の夫は経済に関心があって、イギリスのバブル経済の絶頂期に、友人や家族に「1990年秋には株式暴落があるから持ち株を売っといた方がいいぞ」と触れ回っていた。そうしたらなんとその年の9月に本当に暴落が起きたので、「10ポンドくらい賭けときゃ儲かったのに」と後の祭りで悔しがっていた。

一攫千金を目指すなら

ブッキー以外の運営するギャンブルもある。宝くじと似た全国ロッタリー(National lottery)は昨年始まり、たちまちのうちに人気ナンバーワンのギャンブルにのし上がった。1から49までの中から6つの数字を選び、毎週土曜日の抽選日で選ばれた数字と全部一致したら一等賞(jack pot)という方式。従って一等賞該当者が出ないこともあれば、一回に数人が一等賞を獲得することもある。該当者がない場合一等賞の賞金は持ち越されて、その分翌週の賞金額が大きくなる。複数の該当者がいれば賞金額を等分する。
Nationalというのだから国営だろうと思いきや、実は運営しているのは民間企業。国は収益の何割かをチャリティ団体・地域事業等への助成資金として納付させるだけだ。

全国ロッタリーが始まるまでは、プールズ(pools)と呼ばれるサッカー賭博が一番人気の高いギャンブルだった。こちらはやはり民間のプールズ専門企業数社が運営する。ホストファミリーのジャックが賭けていたのはこのプールズだった。ブッキーでもサッカー賭博は受け付けているが、プールズは賭け方が違っている。

ブッキーの賭けでは、任意の数の試合を選んで勝ち・負け・引き分けと結果を予想する。各試合に配当率がついており、予想が全部当たればその配当率を賭け金の額と掛けた額が支払われる。
プールズの場合、賭け用紙には58の試合が並んでいて、1から58まで番号が振ってある。その中から引き分けになると思われるものを10試合選ぶ。そのうち8試合を当てれば 200万ポンドほどのジャックポットを獲得できる。

ジャックは毎週各チームの成績を研究し、じっくりと試合を選んでいたが、ロッタリーの感覚で当たるも八掛、当たらぬも八掛と適当に試合番号で選ぶ人も多い。どのチームの試合がどの番号になるかは毎週変わり、イギリスのサッカーシーズンが終わると今度はイタリアやドイツの聞いたこともないチーム名が並んだりするから、この方法でも当たる確率はさして変わらないのだろう。

「ボールはどこだ」が賭けになる?

サッカー関連の賭博ではもう一つ、Spot the ballというのがある。
この賭け用紙には最近のサッカー試合の写真がついているが、この写真はあらかじめ細工してボールをきれいに消してある。この写真に賭け金の額に応じた数の×印を入れていって、×印の交点がボールの中心の位置とぴったり一致すればジャックポット賞金がもらえる、というルールで、ゲーム性の高さが魅力だ。

しかしよく考えてみるとこの賭博には、重大な問題が一つある。ギャンブルの根本原則は、将来起こる事柄を予想することであり、過去に起こったことに関して賭けを受け付けるのは違法である。ところが写真を使っているということは、この試合は過去にすでに起こっているのだ。極端なことを言えば、毎週の全サッカー試合をビデオにとってボールの位置をチェックすれば、確実にジャックポットを当てることが可能ではないか。

この問題をどうやって回避しているかというと、運営会社は元サッカー選手等から成る審判団を選んで、細工済みの写真を渡す。審判団はこの写真を眺め、ボールはおそらくここにあると判定して、その位置に針で点を打つ。この点を基準に当たりを決めるのだ。つまり、厳密にはこのゲームの目的は「実際の試合でのボールの位置を当てる」ことではなく、「審判団がどこに針を立てるかを予想する」ことなのである。

審判団はサッカーのプロだから、その判定は実際のボールの位置にかなり近いだろうが、必ずしもぴったり当てられるとは限らない。その判定を予想するのだから賭けとして立派に成立する、というわけだ。

大修館書店『英語教育』誌1995年11月号に「ギャンブルの話」の題で掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


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