ふだん着のスコットランド 4章 4

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

4章 ところ変われば・・・

ロブスターのホリデー

今日も1日ホリデーのために働くのだ

スコットランド人に限らずイギリス人のほとんどは、夏のホリデーのために働いている、と思う。
……なんて言うと、「イギリス人は遊びにばかり夢中で仕事に責任を持つという意識がないから困る」という日本人駐在員の愚痴に肩入れしているように受け取られてしまうかもしれないが、そのつもりはない。働き蜂で名高い日本人だって、純粋に仕事が楽しくて楽しくてというのでは必ずしもなくて、家を建てるとか、子供を私立学校へとか、老後に備えて貯金しなくちゃとか、それなりの目的に向かって日々働いているんじゃないだろうか。

イギリス人の場合は、それほど無理しなくても持ち家は買えるし、一般庶民は無料の公立学校に行くし、大学に行きたければ公的な助成金を申請し、足りない分は夏の集中バイトで稼ぐのが当たり前だから、親の負担はそれほどでもない。老後は名だたる福祉国家の年金で何とか暮らしていける(もっとも最近はイギリスの福祉もすっかり薄っぺらになってしまったが)。そういうわけで、さあ今日も一日しっかり稼ごうという動機づけなら、真っ先にホリデーが挙がるわけだ。

“Holiday”という言葉を英和辞典で引くと、まず休日、休暇というのが出てくる。確かに学校の長期休暇とか、会社の休業日とかいった意味でもホリデーという言葉は使われるが、本質的にはイギリス人にとってホリデーとは「行く」もの。つまり、旅行のことだ。会社の夏休み中に家でゆっくり休んだり、子供をおじいちゃんの家に連れていったりするのは、純粋にはホリデーではなくただの休みか里帰り。少なくとも数日(普通は2週間)に渡り、遊びを目的に家を離れるのが本来のホリデーだ。

ホリデーのピンとキリ

20年くらい前までは、ホリデーと言えば、南ならブライトンとか、北ならブラックプールとか、国内の海浜リゾートに行くのが普通だったという。また、イギリスには海岸沿いにキャラバンパークというのがたくさんあって、常設のキャラバンを週単位で借りることができる。今でも、お金はないけど年に一度くらいホリデーで羽を伸ばしたい、という人々がこうした国内の施設を利用する。
しかしこの頃は、海外旅行がすっかり安価になり、庶民でも手が届くようになったため、ホリデーという言葉もほとんど「海外旅行」と同義になった感がある。

海外といっても広いわけで、価格面でもピンから錐まである。
資金に余裕があるなら、行き先はアメリカ大陸周辺。カリブ海諸国、特にバルバドスやジャマイカあたりは旧植民地ということもあり、親近感のせいか人気が高い。アメリカ合衆国ならディズニーワールドのあるフロリダが家族連れを集めている。同じ合衆国内でも、ハワイとなると距離が遠いだけ価格も上がり、イギリス人にとってはエキゾチックな究極のホリデーだ。もちろん、ワイキキビーチは日本人女子大生と新婚カップルの見本市同然、なんてことはイギリス人はあずかり知らない。

限られた予算で、それでも海外に行きたいという場合、日本人にとってハワイに行くのと同じくらい手軽にお安く行けるのはどこかというと、これは何と言ってもスペインだ。ギリシア、トルコ、マルタ等他の地中海諸国を圧倒する人気で、毎夏パッケージ旅行の客が飛行機をつらねてスペイン詣でに行く。現地の様子も日本とハワイの関係に似ていて、場所によっては英語が完璧に通じ、ビーチは見渡す限りイギリス人だらけ、ホテルでは朝食にベーコンエッグを出す、なんてところもある(半信半疑だったのでパンフレットを見て確認したら、ちゃんと「イギリス式朝食も出ます」と書いてあった。)

スペインでイギリス人なんて会ったっけ?

こう書くと、読者の中にはヨーロッパ旅行でスペインに立ち寄った人がいて、イギリス人なんかそれほど見なかったと反論なさるかもしれない。それは全くその通りで、私が話を誇張しているのでもなければ、読者の勘違いでもない。日本人とイギリス人ではホリデー、あるいは旅行というものの基礎概念が違うため、同じスペインにいても出会うチャンスがないというだけなのだ。

日本人が旅行と言うと、それはまず物見遊山であって、観光名所を見て回ることが第一の目的だろう。第二の目的はショッピング。パリならシャンゼリゼとか、ロンドンならハロッズあたりにいつも日本人が集中しているのはこのためだ。従って、海外パッケージ旅行と言うと日本では、いくつかの都市を転々として、観光名所で写真を撮り、ショッピングをして帰るという移動型ツアーになる。スペインなら、マドリッドでフラメンコを見てパエリヤを食べ、バルセロナで聖家族教会を見るといった旅程になろう。

イギリス人の太陽崇拝

イギリス人の場合、ホリデーの目的は唯一つ、太陽だ。
そういえば、某缶飲料メーカーがこんなCMを流した。所はカリブ海の島。黒人のお兄さんが休んでいるところに、誰かが「西のビーチにロブスターがいるよ!」と声を掛ける。お兄さんは早速「とってもトロピカル」な某缶飲料を数ケースほど小さなトラックに積み込み、レゲエのリズムに乗ってのんびりとビーチへ向かう。件のビーチにはたくさんのイギリス人がずらりと寝そべって日光浴中。カリブの灼熱の太陽に焼かれたその白い肌はすっかり真っ赤になっており、トラックが止まるとみんな飲み物を求めて群がってくる……。
「ロブスター」とは、砂浜に真っ赤な体を横たえるホリデー客のことだったのである。

イギリス人は悪天候で知られた母国を離れ、ぎらつく太陽の下でひたすら日光浴に励むために海外に行く。だからスペインに行ったってフラメンコも教会も眼中には無い。得体の知れない外国料理にも興味はなく、ベーコンエッグを食べたらまっすぐビーチを目指す。コスタ・ブランカのベニドルム、カナリア諸島のテネリーフェ、マヨルカ島、イビザ島、コスタ・デル・ソルあたりが人気だが、ベニドルムなんて砂浜と高層ホテル群しかない場所だから、日本からのツアーはまず立ち寄らないだろう。

イギリスではパッケージ旅行と言っても内容は1ヶ所滞在型だ。観光は1日あればたくさんで、プール、レストラン、ナイトクラブにディスコまで揃ったホテル(または自炊のできるアパート)に腰を落ち着け、日光浴三昧の2週間を過ごすのである。

ロブスターは日焼け止めローションで焼く

皮肉なことにイギリス人、特に金髪や赤毛の人の真っ白な肌は日焼けに弱い。日本人はサンオイルを塗って日光浴をするが、イギリス人がそんなことをしたら、それこそロブスター色に腫れ上がってしまうから、逆に日焼け止めローションを塗り、一度に焼け過ぎないように気をつけながら日光浴する。なるほど2週間必要なわけだ。

ホリデーの注意事項をまとめたガイドブックに「子供は特に肌が弱いので、高ファクターの日焼け止めを2時間毎に塗り直しましょう。水の中でも日焼けはしますから、プールに入る時は防水効果のある日焼け止めを使うこと。午前11時から3時の間は子供は日陰で遊ばせてください」なんて書いてあるのを見ると、イギリスの子供がかわいそうになってしまう。

冬の闇の中、太陽を夢見て・・・

イギリス人は少なくとも半年がかりでホリデーの計画を立てる。夏のパッケージのパンフレットは前年の秋頃発行されるので、すかさず旅行代理店に行き、これはと思うパンフレットを片っ端からかき集める。全て目を通し終え、行き先やホテルの希望が固まる頃にはもうクリスマス。家にこもりがちこの季節、太陽の下で過ごす夏を思って日毎に夢はふくらんでいく。

さて、もちろん行き先を決めたらその場で予約を入れてもいいし、人気のあるパッケージは急いで予約しないとすぐ満席になってしまうのだが、普通はクリスマス時期は買い物で忙しいし、プレゼントを買い込むため懐も少々寂しい。そこで、イギリス人はホリデーパンフレットを握ったまま年を越す。

明けて新年はご存じセールの季節。旅行代理店もそろって「全パッケージが10パーセント引き」とかいったポスターを張り出す。テレビでも割引きホリデーのコマーシャルをいやになるほど流す。これを合図にイギリス人は旅行代理店に駆け込み、予約を入れるのである。
ホリデーの目的が灼熱の太陽になってしまうのは、暗くて寒くて天気の悪い冬に予約するからではないかと私は思うのだが……。

大修館書店『英語教育』誌1995年7月号に「ホリデーの話」の題で掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


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