ふだん着のスコットランド 4章 6

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

4章 ところ変われば・・・

会社員という職業

OccupationはTranslator、職業は会社員

アンケートやら申込書、登録用紙に履歴書だと、個人情報を書かねばならない機会は多い。そしてそこには氏名・住所・電話番号・生年月日などと並んで、職業を書く欄があることが多い。
それが日本のアンケートなら私は職業欄に「会社員」と記入し、イギリスのアンケートなら”Occupation”の欄に”Translator”と書く。

日本でも”Translator”、つまり翻訳家が職業じゃないの、翻訳の仕事して翻訳書も出てるんでしょと言われればまあその通りだが、日本で翻訳家というと作家と同様「自由業」という語感がある。私の場合、本の翻訳は余暇を使った趣味兼副業であって、本業は企業の専属雇われ翻訳者。日本式分類ならやっぱり「翻訳家」ではなく「会社員」になるだろうと思う。さて、私の夫の場合は職業欄には”Machine operator”と書く()。これは工場の生産ラインで電子部品を製造する仕事なのだが、日本式なら彼の職業も「会社員」ということになる。
「会社員」を英語でいうと何になるのだろうかと考えてみた。

会社員=Salary man?

日本人に聞けばすぐ出てくる回答は「サラリーマン」だろう。会社からサラリーをもらっているのが会社員、すっきりしている。
しかしあいにく、サラリーマンというのはご存じの通り和製英語である。手元の英和辞典には「”a salary man”は間違いで “a salariedman”が正しい」と書いてあるが、実際には “salaried man” というのも聞いたことのない表現だ。”Salaried staff” ならもう少し英語らしい表現になるが、もっと普通に使われるのは “salaried position (post)” という言い方だろう。

“Salaried” という言葉は、1つの会社の中で職種を2種類に分ける時の、分類の一方である。”Salaried position”の場合、給与(salary)は年俸として規定され、それを12等分した金額が毎月支払われる。給与は就労時間とは関係ないので、病欠しても給料が減らない代わりに、残業しても残業手当ては出ない。

もう片方の分類(特に名前はないようだ。強いて言えば”non-salaried position”だろうか)の場合、給与は “wage” という時給単位になっている。支払いは毎週あり、複数時間分のまとめ払いなので “wages” となる。病欠すれば、休んだ時間だけ給料が削られる。製造業ならいわゆるホワイトカラーが通常前者に属し、ブルーカラーが後者に属する。サービス業なら、店長やマネージャーなど幹部格は前者で店員や窓口係など接客をする人は後者、というのが一般的だ。

会社員=Business man?

私がまだ日本にいた頃(ということはずいぶん昔だが)、「24時間戦えますか」という某栄養ドリンクのCMが流行した。バックに流れた「ビジネスマンの歌」というのがうけて、バリバリと仕事をこなす有能な会社員をサラリーマンではなくビジネスマンと呼ぶという風習が生まれた。これが今も続いているのか私には分からないが、ビジネスマンというのも「会社員」の英訳としては不適当である。

“Business man/woman” という表現自体は何の問題もない立派な英語だ。しかし、ここで言うビジネスとは「事業」とか「経営」という意味であって、”business man”とは日本で言う「実業家」とか「経営者」のことになる。
経営の規模や事業内容は問わないから、マイクロソフトのプレジデントだろうと寅さん映画のタコ社長だろうと”business man”であることに違いはないし、駅前の酒屋さんだって人を雇い商店経営に携わっているという点では立派な”business man”の端くれだ。しかし会社に雇われているだけの会社員では、どんなにかっこいい国際派企業に勤めていようが何時間働こうが、決して”business man”と呼ばれることはない。

Employed=会社員?

今度は逆に、英語表現の中から「会社員」に当たりそうなものはないか探してみよう。手掛かりとして、職業欄が記入式でなく選択肢になっている場合を考える。この中に「会社員」と対応しそうなものはあるだろうか。 分類が大雑把な場合、職業の選択肢は次のようになっていることが多い。

□ Employed(被雇用者)
□ Self-employed (自営業・自由業)
□ Unemployed(失業者)
□ Student (学生)
□ OAP (Old-age pentionerの略、老齢年金受給者)
□ Housewife (主婦)

“Employed”は full timeとpart time に分かれていることもある。もっと詳しい分類になっている場合、 “Employed” の部分がもっと細かく分かれている。例えばこんな感じだ。

□ Labour (unskilled)(非熟練労働者)
□ Labour (skilled)(熟練労働者)
□ Retail (店員)
□ Clarical(事務)
□ Professional(専門職)
□ Managerial(管理職)

“Professional”や”Managerial”については、さらに細かく”Junior”と”Senior”に分かれているときもある。ちなみにこの分類でいくと、”Translator” は”Professional”あるいは”Junior Professional”の範疇に入る。”Machine operator” は厳密には”Labour (semi-skilled)”だが、この選択肢がない場合は”Labour (unskilled)”を選ぶ。

“Employed”が会社員でない時

こうしてみると、イギリスの”employed”、特に”full-time employed”という分類は、日本の「会社員」に対応する幅の広さを持っているようだ。
ただ問題は、”employed” では逆に幅が広すぎるという点である。早い話が、給料をもらっているなら誰でも “employed” になってしまう。

ところが世間には、例えば公務員や教員や病院勤務医師など、「会社員」ではないが「被雇用者」である場合というのがたくさんある。イギリスの分類では、かなり細かく選択肢が分かれている場合でも、これらが登場することはない。
教員や医師なら”Professional”という分類に入るし、公務員なら仕事の種類によって”Clarical”だったり”Professional”だったり、昇進を遂げれば”Managerial”になったりする。民間企業に雇われる会社員も、官庁や役所に雇われる公務員も、学校に雇われる教員も、病院に雇われる医師も、誰かに雇われているという点では同じ「被雇用者」であって、雇い主の素性には誰も頓着しないのだ。

どうやら日本では「誰から給料をもらっているか」という縦割りの分類にうるさく、イギリスでは「職業階層のどの高さにいるか」という横割りの分類にこだわるというパターンがあるようだ。これはたぶん、雇用形態の違いの反映なのだろう。イギリスでは「職」とは個人の持つ技能のことであり、就職とはこれを雇い主に売り込むことだ。一方終身雇用制と社内異動制を土台にする日本では、何の仕事をしているのかよりも誰が雇い主かが重要で、会社員なのか公務員なのか、さらにはどの会社かという点を問題にする。

会社員=Company man?

そう言えば、一見「会社員」という言葉の直訳のような英語がもう1つあった。”Company man”だ。
会社に忠実で仕事に勤勉な模範社員のことをいう。
“Company man”はよその会社の求人広告など一切無視し、我が社の繁栄のため邁進する。そしてその功を認められて社内で昇進を遂げることを最大の望みとするのである。はっきり言って、イギリスのような社会では珍しい存在だ。いやみ、悪口として使われることも多い。

“Company man”と「会社員」とは、字面は似ていても意味は全然違うようだ。
だが考えてみると、日本の「会社員」という表現の中には、「私、人様に宣伝するような特別な才能なんぞ持ってませんが、真面目に毎日会社に行って地道に働いてるんです」という、いかにも”company man”、つまり「会社人間」的な自己主張が暗にこめられているような気もする。
それならば、日本でも転職が増え終身雇用制が崩れ始めているというから、典型的”Company man”の型にはまるのを拒む人が増えていくにつれ、やがて日本人が職業欄に「会社員」と書かなくなる日が来るのだろうか。

大修館書店『英語教育』誌1997年10月号に掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可

筆者注:

うちの夫は今では輸入販売のビジネスを個人起業したので、”Machine operator”ではなく、”Self-employed”です。ビル・ゲイツとは桁が違いますが、一応”business man”ということになりますな。ちなみにうちの夫は実にいろいろな職についたことがあります。子供の時の夢ナンバー1はもちろんプロのサッカー選手になることでしたが、これは果たせず夢の職業ナンバー2だったバスの車掌になったのが22歳の時。ところがバスのワンマン化で車掌がみなリストラされ、夢のお仕事は早々と終わってしまったのでした。あまり早く夢がかないすぎるのもよくないみたいです。


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