ふだん着のスコットランド 4章 8

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年12月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

4章 ところ変われば・・・

クリスマスと年越し

クリスマスは正月だ

年の瀬が巡ってくると、日本の友人知人から来る手紙の終わりに「イギリスのクリスマスってどんなもの?」という質問がついてくることが多くなるので、この場を借用してこれに答えたい。
一口に言うと、イギリスのクリスマスは日本のお正月によく似ている。

例えば、日本のお正月もイギリスのクリスマスも、家族単位で祝う行事だ。
クリスマスと言うと日本では子供と若者が中心で、子供はケーキとプレゼントに喜び、若い人は恋人とロマンティックな夕べを過ごす、ということになっているらしい。それに対してイギリスのクリスマスは、ふだんはばらばらに過ごす家族がこの日ばかりは勢揃いする、という日だ。
種々の事情から家族勢揃いは無理という場合でも、「本当は家族で集まりたい」あるいは「本来なら家族と過ごすべき」という考えが当然の前提として確立しているところは同じだ。クリスマス・ディナーには親子三代の大家族が全員集合するしきたりになっている家はまだまだ多い。恋人と二人で過ごすロマンティックなクリスマスは、イギリスでは少数派だ。

そう言えば、季節の挨拶を書面で行う習慣も、お正月とクリスマスの共通点だ。年賀状は元旦以降に届き、クリスマスカードはクリスマスまでに送るという違いはあるけれど、両者はその内容も、送る相手の決め方も、ほとんど同じだ。親しい友人なら近況報告など一筆入れるが、会社関係などの義理で出すものなら印刷文ですませ、肉筆は署名だけでもかまわない。

お正月が元旦だけでなく三が日、松の内など一定の期間をさすように、クリスマスも当日だけのものではない。
クリスマス・イヴからボクシングデーまでの3日間がお祝いの中心(日本と同じく三が日だ)。それをはさんでクリスマス・デーの12日前から12日後までがクリスマスの期間とされ、この期間より前にツリーやクリスマス装飾を出したり、この時期を過ぎてもしまわなかったりするのは縁起が良くない(もっとも商店街では、クリスマス前の商戦のムードを早めに演出して客を呼び込もうというのか、11月には早々とクリスマスのイルミネーションを出すのが普通になっているが)。
子供には12月1日から24日までの「降臨節カレンダー advent calendar」というものがあって、日付のついた小窓を毎日順番に開けていくと、中に絵(とチョコレート菓子)があらわれる。もういくつ寝ると……という待ち遠しさを形にした、楽しい伝統だ。

おせち料理だってある

クリスマスには食べる御馳走の内容が決まっているというのも、お正月と似ている点だ。
イギリスの「おせち料理」のメニューは、メインディッシュが七面鳥の丸焼きで、こけもものソース(甘くて、ソースというよりはジャムのようだ)をかけて食べる。つけ合わせの内容もいつも決まっている。

食後のデザートはクリスマスプディングかクリスマスケーキ。
クリスマスケーキと言っても、クリームで覆われたスポンジケーキにサンタが立っている日本のあれとは全然違って、干しぶどうやオレンジピールが山のように入ったフルーツケーキだ。スパイスをきかせ、お酒をたっぷりと染み込ませ、仕上げに砂糖のアイシングを塗ってある。
プディングの方もクリスマスケーキと似たような材料で作るが、バターではなく牛脂(suet)を入れ、焼く代わりに茹でてあって、ねっとりとした口当たりだ。こちらはブランデー風味の甘いソースをかけて食べる。食後にはコーヒーか紅茶と一緒にミンスパイという、これも干しフルーツとスパイスを使ったお菓子が出る。
言うまでもなく、食前・食中・食後を通してお酒は飲み放題である。

テレビも毎年恒例番組

普通クリスマスディナーは昼食だ。
食事が終わり、みな満腹のあまり動けない、という状態に至る3時に、テレビで毎年恒例の女王スピーチが放映される。その後にはどのチャンネルでも連続ドラマのクリスマススペシャル編や人気映画などを目白押しに並べる。お腹はいっぱいだし、外は寒いし、どうせお店も何もかもみんな閉まっているし、第一もう日も暮れる時間だし、というわけで、クリスマスは人がテレビの前でごろごろとする日でもある。
その上これでもかと言わんばかりに、食後やおやつにはチョコレートが大量に振る舞われる。それは、クリスマスプレゼントとして知人にチョコレートの詰め合わせを贈る人がやたらと多いからだ。何しろチョコレートなら嫌いな人は少ないし、安いし、何を贈ろうかと悩む必要もない。
クリスマスが過ぎると急にダイエット食品やスリミング教室の宣伝がテレビ・雑誌にあふれるようになるのは、決して偶然ではない。

一方でクリスマスは、ストレスに悩んで医者を訪ねる主婦が急増する時期でもある。
イギリスでは親子同居が珍しく、三代が一つ屋根の下に集合することはあまり多くないので、それだけで気分的に重圧感がある。その上に大量の料理という大仕事が加わる。おせち料理とちがって七面鳥の丸焼きと付け合わせは食事の当日に料理しなくてはならないから、家族の対応とディナーの準備に追われる奥さんはてんてこ舞いだ。そこへ夫のお母さんがキッチンに首を突っ込んで「あら、七面鳥とお芋を一緒に焼いてるの、そんなことしたらお芋が焦げちゃうわよ。まあ、グレーヴィーをお湯だけで溶くなんてだめね、肉汁を入れないと風味が出ないじゃない」なーんて口を挟んだりすると、なまじ日本の同居嫁のように日頃から慣れていないものだから、一気にカーッと頭に血が上ってしまうことになるらしい。

クリスマスが正月なら、正月は?

クリスマスが日本のお正月に当たるのだとすると、イギリスではお正月をどんなふうに過ごすのか?というのも当然出てくる疑問だと思う。

イングランドのことは知らないが、スコットランドでは昔から、年越しを盛大に祝う伝統がある。
大晦日のことをスコットランド語ではホグマニー Hogmanayと呼び、以前はクリスマス以上に盛大に祝われていたらしい。イギリスのクリスマスが日本のお正月と似ているとすると、スコットランドの年越しは忘年会のノリだ。

大晦日の夜にはたいていの人が遅くまで起きて、酒など飲みながら新しい年が来るのを待つ。
真夜中の鐘が鳴って新年を告げると、それを合図に家から繰り出して近所の家の戸口を叩く。First footingと呼ばれる、真夜中の年始回りだ。最初に家を訪れた人が黒髪の男性だと縁起が良いということになっているそうだ。迎える家では訪問者に気前良く酒(こういう時はやはりスコッチがよい)をふるまう。
こうして互いの家を訪問しあい、最後には一か所にご近所一同が集まってパーティ騒ぎになる。酒を汲み交わし、みんなで歌い、踊り、夜が更けるまで陽気に騒ぐのである。酒が主役の無礼講だから、これは大人だけのお祝いだ。

このスコットランド人らしい伝統は、最近では姿を変えつつある。
地域の縁が強く、御近所がみな顔見知りというのが普通だった一昔前と違って、今では真夜中に隣家を訪ねるなどなかなかできるものではない。そこで代わりに最近では、パブやレストラン、ホテルなどでホグマニーパーティを催すところが多くなった。友人同士で連れ立ってこうしたパーティ会場に出掛けて飲み、バンドの演奏に合わせて歌ったり踊ったりするのだ。なんだか味気ないけれど、少なくとも飲んで騒いで陽気に年を越すという伝統は、今も健在と言えるだろう。

こんなわけでスコットランドの元日は、二日酔いのひどい頭痛に目を覚ましたらもう午後の2時、やっと体を引きずって起き出した時には夕日が沈みかけている、というような日だ。食べたり飲んだりすることなど考えたくもない、というわけで、元日に関する伝統は特にない。
私もスコットランドで暮らして最初のうちは、新年だけでも伝統的にと、略式おせちやお雑煮などまめにこしらえていたのだが、もう最近では悟りを開き、おせちは完全にあきらめて、飲み会前の腹ごしらえに年越しそばだけ作ることにしている。

大修館書店『英語教育』誌1995年12月号に掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可


TOP | 戻る | 次へ | 目次に戻る

%d bloggers like this: