ふだん着のスコットランド 5章 1


注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1995年5月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 


5章 スコットランド人って何だ?

1. 国民的スポーツ

スコットランドの国技は?

国技という言葉がある。国語辞典によると、「その国の代表的な運動競技」のことであり、日本の国技は相撲とされている。

イングランドにはクリケットという、不思議な競技があって、あれが国技ということになっているらしい。

競技の概念は野球に似ていて、投手が投げた球を打手が打つというのは私にもわかるが、それ以上のルールはさっぱり理解できない。一試合に何日もかかるということ、競技場に立っている白衣にパナマ帽姿の人が審判だということ、イングランド人には大事な競技だが最近は西インド諸島やオーストラリアに押され気味であることは、テレビのスポーツニュースを見て知った。

しかし夫にどんなルールで試合が進むのか教えてくれと尋ねたら、「俺だって分からないよ、あんな退屈そうなの」との返事。イングランドでは国技かもしれないが、スコットランドでのクリケットの人気度はこんなものだ。

スコットランドの国技なるものが存在するのかどうか私は知らないが、スコットランドを代表する競技というと何だろうか。

スコットランド生まれのスポーツ

スコットランドは言うまでもなくゴルフ発祥の地として有名で、セント・アンドリューズには万国のゴルファーが巡礼に訪れる。世界中でエリートとお金持ちのゲームとされているゴルフだが、スコットランドでは公営ゴルフ場や少年ゴルフクラブなどもあり、一般庶民にも手の届く人気スポーツだ。

同じくスコットランド生まれのスポーツに、カーリングというのがある。これは冬のスポーツで、氷の上で柄のついた石を滑らせ、標的に近くに止まった方が勝ち、というゲームで、デッキブラシを持った選手達がせっせと氷を掃く様が何ともおかしな競技だが、氷が必要だという制約のためか、競技人口は多くないようだ。カーリングは要するに氷上ボウリングであり、その元祖であるボウリングの方が、人気はずっと高い。

ボウリングと言っても、日本人におなじみのレーンにボールを転がしてピンを倒すあれ(イギリスではこれをテンピン・ボウリング ten-pin bowlingと呼んで区別する)ではなく、芝生の上で競技するタイプ。日本ではローン・ボウリング等と呼ぶようだが、イギリスで単にボウリングと言うと普通はこちらを指す。ボウルズと呼ぶこともある。

カーリングの標的が固定されているのに対し、ボウリングの標的はジャックと呼ばれるボールで、自分の球をこれにぶつけて標的自体を動かすといったテクニックもあり、奥が深い。老若男女関係なく誰でも同じ土俵で競いあえるスポーツであることが人気の秘密で、スコットランドのたいていの町にはボウリング・クラブがある。人気の高さは質の高さにも反映し、去年の英連邦体育競技会でスコットランドチームはボウリングの金メダルを獲得した。

アン王女の人気の秘密

ラグビーも人気のあるスポーツだ。学校によって(特に私立男子校で)は、体育と言えば他の種目はおざなりでひたすらラグビーばかりというところもあり、そうした学校の出身者がラグビー競技人口の核となっている。それを反映してラグビーチームも、○○アカデミカルズ(Academicals)とか○○フォーマー・ピューピルズ(Former Pupils)とか、学校に由来する名のついたものが多い。

ちなみに、最近落ち目のイギリス王族だが、スコットランドではアン王女が意外な人気を保っている。いかつい顔をした離婚歴のあるおばさん王女様がなぜ特別なのかと言うと、彼女がスコットランド・ラグビー連盟の名誉会長で、スコットランドの準国歌「スコットランドの花」を観客や選手達と一緒に歌うからだ。

スコットランドは国家ではないから、公式な国歌というものも存在しない。数年前までスコットランドチームは国際試合のたびにイギリス国歌 God Save the Queenを歌わされてきた。ところがこの歌、まだ連合王国が成立する前、イングランドとスコットランドの両王国が戦争ばかりしていた頃に生まれたので、歌詞にも「スコットランドの逆賊を叩きつぶせ」という一節が出てくる。そのため観客が国歌斉唱の間抗議のブーイングを行うという事態が続き、連盟はついに反イングランド的な「スコットランドの花」を国歌として採択することにしたのである。

そんな経過を思えば当然だが、ラグビーの最大イベントは何と言ってもスコットランド対イングランド戦だ。エディンバラの国立競技場でスコットランド対イングランド戦が行われると、観客のすさまじい熱狂ぶりに威圧感を覚えるとイングランド選手が言っていた。

国技VS国民的スポーツ

国技という言葉に戻って、これをnational sportと英訳し、日本語に訳し返すと「国民的スポーツ」となる。例えば日本の国技は相撲だが、日本の国民的スポーツは、最近のJリーグブームで影が薄れたとは言っても、やはり野球だろう。夏の甲子園の期間中全国のテレビ・ラジオが高校野球中継に乗っ取られてしまうあの現象が、人気のほどを裏付けている。

スコットランドの国技が何であるかはともかく、スコットランドの国民的スポーツと言えばサッカーしかない。

例えばスコットランドの代表的タブロイド紙Sunday Mailの今週号を見てみると、13ページあるスポーツセクションのうち、11ページがサッカー、1ページが競馬、半ページがラグビー、残る半ページがボクシングに当てられている。

誰でもどこでもいつまでもサッカー

スコットランドの男の子の大半は、遊びと言えばサッカー一筋、体育種目の一番人気もサッカーで、好きなチームのユニフォームを着て町を闊歩し、将来の夢はプロのサッカー選手になること、といった調子だ。

そしてサッカーシーズンを締めくくる5月のスコティッシュ・カップ決勝戦や、スコットランドチームの国際試合が中継される日には、全国津々浦々のテレビが全てサッカー少年とビールを手にした元サッカー少年達に占領され、好きな連続ドラマを見損なった妻達の不平の声が大合唱になって鳴り響くのだ。

サッカーの国民的スポーツたる所以は、競技・観客層の厚さにある。学校でも町でも会社でもパブでも、およそ人が集まる場所には必ずアマチュアサッカーチームがある。アマチュアで才能の芽が出た者はやがてスカウトされて、プロへとはばたいていくわけだが、そんな望みはなくとも趣味としてアマチュアサッカーを続ける者は多い。自分で球を蹴るには少々足がおぼつかなくなっても、好きなチームの試合はスタジアムに出かけて、あるいはテレビ中継で観戦し、サッカーとのつき合いは消えることがない。

スコットランドのサッカーリーグは40チームで構成され、プレミア部、1部、2部、3部の計4部10チームずつに分かれている。

最高位のプレミア部は、かつての欧州の覇者グラスゴー・セルティック(Celtic)や、現在名実共にスコットランドサッカー界に君臨するグラスゴー・レンジャーズ(Rangers) など強豪が集まるだけに、観客動員数でもテレビ放映の多さでもまさにリーグの華だが、決してプレミアばかりがスコットランドサッカーでないという点が重要だ。

おらが町のチームに声援

サッカーの基本は、地元のチームを応援することにある。チーム実力の格差が激しいだけにやはり伝統ある強いチームが人気を集めがちで、グラスゴーばかりかスコットランドの子供の大部分はレンジャーズかセルティックファンだと言われているが、それでも地元チームを支持する人々はまだまだたくさんいる。

私の夫はスターリングというこじんまりとした町の郊外で生まれ育ち、物心ついた頃からお父さん、お兄さんと共にスターリング・アルビオンという地元チームを応援してきた。通称「ビーノーズ」ことスターリングは、かつて無敵だった頃のセルティックを一度破ったというわずかな過去の栄光こそあれ、現在は第2部の中ほど、はっきり言って大したチームではない。

サッカーリーグの選手は皆プロと思うのは間違いで、プレミア部や第1部はともかく、下位チームにはプロ選手で陣を固めるほどの資金がない。スターリングは「半プロ」チーム。プロ選手も数人はいるが、残りは平日には仕事を持ち、わずかな報酬で試合に出るパートタイム選手達である。当然プロに較べると、技術はともかくスタミナで劣り、試合は見るからに生彩に欠ける。サポーターの数は800~900人程度、相手チームのスタジアムでの遠征試合の応援に出かけるような熱心なファンとなるとせいぜい数百人だ。

第2部のチームの事情はどこも似たり寄ったりなので、スタジアムはいつもがらがらに空いている。サッカーシーズンは冬だから、まばらな観客席は冷雨が降り風が吹きつけ実に寒い。それでも忠実なビーノーズファン達は、手にした熱いミンス・パイとカップスープを暖房がわりに、がたがた震えながら選手達に声援を送り、あるいは怒声を張り上げ、応援歌や野次歌など歌いながら応援する。

いくらチームがこてんこてんにやられても、試合がどれほどひどくても、上の部に昇格する望みが全くなくても、決して華やかなプレミア部チームに鞍替えすることなく、おらが町のチームだからというだけでひたすら応援を続ける、その姿は感動的ですらある。こんなサポーター達の英雄的忠誠心が、スコットランドの「国民的サッカー」を支えているのである。

大修館書店『英語教育』誌1995年5月号に掲載。)

©杉本優 許可なく転載不可

余談:

イングランドのFAリーグでも程度の差はあれ言えることですが、リーグの上下(というより、上と中下)の格差の広がりはスコットランドのサッカーでは大きな問題です。

レンジャーズとセルティックの2チームはスポンサー収入が潤沢で、海外の有能な選手をがんがん集めることができますが、他のチームは程度の差こそあれ資金繰りが頭痛の種。お金がないから優秀な選手が来ない。少年チームから手塩にかけて育てた若手も高給につられてよそに行ってしまう。おかげで成績ではトップ2チームと競えず、その結果資金が集まらない・・・という悪循環。数年前にはプレミア部にいたチームがあっという間に倒産の危機に直面するなんてことも珍しくありません。

なぜレンジャーズとセルティックだけが儲かるのか?という疑問の答えは、次の『”What Are You?”』に。


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