ふだん着のスコットランド 5章 2


注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1996年2月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 


5章 スコットランド人って何だ?

2. “What Are You?”

スコットランドと北アイルランド

 さて、サッカーの話をしたら触れないわけにいかないのが宗派抗争の話である。アイルランドの宗派抗争については知らない人はいないだろうが、スコットランド?とふしぎに思うだろうか。

 スコットランドと言えばまず思い浮かぶのは、神秘的なネス湖に麗しのローモンド湖、でなければ国際演劇祭で賑わうエディンバラ、ヒース咲き乱れるハイランドの山々に散らばる古城とゲール語の響き、さもなくばスコッチのグラス片手に一望する憧れのセント・アンドリューズのオールド・コース……というところだろうか。

 観光パンフレットが宣伝するこうした抒情的なイメージを、土地の人はよく「ショートブレッド缶のスコットランド」と表現する。スコットランド銘菓であるショートブレッドの詰め合わせの缶には、よくこんな感じの絵が描かれているからだ。「ブリガドゥーンのスコットランド」という表現もある。こちらはミュージカル映画に出てきた伝説の村の、花に埋まったうるわしき山河の背景セットにちなんでいる。

 ショートブレッド缶とブリガドゥーンのイメージを胸にいだいてスコットランドに来る人々には、スコットランド、特に西部スコットランドと北アイルランド抗争の心理的近さというのは、なかなかぴんとこないのではあるまいか。

北アイルランドと言えば、テロ活動こそ休止したものの、住民の敵対・不信の感情は今も健在、イギリス政治の火薬庫だ。しかし、山と湖とゴルフから目を離すと、スコットランドが北アイルランドと同じ問題を深部に抱えていることがわかってくる。

「おまえは何だ」の回答は宗教

 タイトルの”What are you?”というのは、隣人がつとめる工場で、工員の一人がその日入ったばかりの新人に開口一番たずねた質問だそうだ。一見不思議な質問だが、スコットランドの南半分、特にそのまた西半分に住んでいるスコットランド人なら、その意図は明白だ。おまえはプロテスタントか、それともカトリックか?と聞いているのである。味方か敵か、どちらの陣営に入るのかを確認するための質問だ。

 そんなに宗教的な国なのか、と思うには当たらない。隣にいる人がプロテスタントかカトリックかを気にするタイプの人間のほとんどは、洗礼式と結婚式と葬式以外、教会になど近寄りもしない。プロテスタントとカトリックの対立は、たしかに本来は信仰の問題として始まったのだが、今では教会とはかけはなれた社会現象になっている。

 教会自体はむしろこの傾向に危機感をいだき、事態の改善に取り組もうとしている。1995年のスコットランド国教会(プロテスタント)の全国大会では、スコットランド・カトリック教会の司教がゲストスピーカーとして招かれ、共に信仰を持つ者同士、手を取り合って進もうではないかと訴えて、並み居るプロテスタント牧師の喝采を受けた。

その会場の外でプロテスタントの群衆が、「国教会は我々を裏切ってカトリックと手をつなぐのか」と抗議デモを行っていたのが、なんとも印象的だった。

アイルランド移民の多いスコットランド

 問題の根は、1世紀半前に起きた社会構造の大変化に遡るようだ。当時の西部スコットランドでは重工業が日の出の勢いで発展し、労働力不足が起きていた。ところが隣のアイルランドではジャガイモの不作による大飢饉のため、人口流出が恐ろしい勢いで進んでいた。その結果、多くのアイルランド人が職を求めて西部スコットランドに移住した。今でもスコットランド西部から中央部にかけては、アイルランド姓を持つ人が非常に多い()。

 さて、アイルランド人はほとんどがカトリック教徒、ところが西部スコットランドは厳格なプロテスタント信仰の伝統がある土地柄で、低賃金を厭わない外国人労働者に職を奪われたという恨みが、もとからあったカトリック信仰への反感をふくらませる結果になったらしい。現在ではアイルランド移民の子孫はスコットランド社会にほぼ完全に融合し、名前をのぞけば身も心もスコットランド人となっているが、プロテスタントとカトリックの対立は今も根強く残っている。

オレンジ結社

 しばらく前に、私の隣人(先ほどの話をしてくれた人とは別の人)が見ず知らずの他人に殴られるという事件が起きた。近所の人は話を聞いて、グラスゴーあたりなら、酔っ払いに眼をつけられて殴られるなんて話も聞くが、まさかこの村でと耳を疑った。

よく事情を聞いてみると、彼はアマチュアフォークバンドで笛を吹いているのだが、週末の夜の練習の後、みんなで一杯飲んでからバスで戻った帰りのことだったという。一杯機嫌でバスから降りて、手にした笛をぴいひゃら吹きながら歩いていたら、近所の者らしい数人に立ち塞がられ、一発くらわされたので走って逃げたそうだ。

話を聞いた隣人の一人が、「それはきっとオレンジマンと間違われたんだよ」と言った。

 スコットランドに夏に来た人なら、オレンジ結社(Orange Order)の行進を見たことがあるかもしれない。黒いスーツと帽子にきっちりと身をかためた人達が、首にオレンジ色のたすき状の帯(sash)を掛け、オレンジ色の旗をかかげて、鼓笛隊を先頭に行進していく。オオレンジ結社はカトリック排斥主義をかかげるプロテスタント結社で、北アイルランドで生まれた団体だが、西部スコットランドでもかなり大規模な組織だ。オレンジーオーダーの会員はオレンジマンと呼ばれる。

 なぜオレンジかというと、オレンジ公と呼ばれたウィリアム3世にちなんでいるのである。ウィリアム王は「名誉革命」の際、ジェームズ2世率いるアイルランドのカトリック教徒軍をボイン川の戦いで破っており、以来カトリックに対するプロテスタント優位の象徴とされている。カトリック住民の間では、当然ながらこの行進に対する反感が強い。スコットランドでは行進というと普通はバグパイプバンドが先導するもので、鼓笛隊を使うのはオレンジオーダーの行進だけなので、隣人が吹く民謡笛を鼓笛隊のものと思い込んだカトリック教徒が、腹を立てて殴ったのだろう、ということに落ち着いた。

亀裂の深さはアイルランド並み

 宗派の壁の厚いスコットランドでも、当然ながらカトリックとプロテスタントの男女が出会って恋に落ち、結婚するということが時には起きる。これをスコットランドでは”mixed marriage”と呼ぶ。イングランドやアメリカではこの表現は黒人と白人など人種の異なる夫婦に対して使うが、宗派ちがいの結婚はスコットランドでは人種ちがいの結婚と同じくらいかそれ以上に尋常ならぬ、はっきりいえば歓迎されない結婚と見なされているのである。

 私の周囲にもいくつか例があるが、親族に白い目で見られたり、子供をどちらの宗派に育てるかで衝突したり、夫婦間では宗教の話にはできるだけ触れないという暗黙の了解があってもやはりどこかでしこりが生じて、なるほど異人種間の結婚にも劣らぬくらいの苦労があるようだ。

原因は学校とサッカー

 プロテスタントとカトリックの反目がなかなか消えていこうとしない原因は、主に二つある。

 まず教育。スコットランドの公立学校はプロテスタント系(本当は「無宗派系」というのだが、スコットランド人はみなプロテスタント系だと思っている)とカトリック系に完全分離している。St. Mary小学校とか St. Modan高校とか、聖人にちなんだ名前がついているのはみなカトリック校だ。この制度ではカトリック教徒とプロテスタント教徒は隔離された状態で育つ。友達関係はカトリックかプロテスタントのどちらかに限られるようになり、同じ地域のライバル校同士としての対抗意識が、反目感情を育てる温床になる。

 私の夫が子供のころは、よく町のグラウンドで「ペープス対ビリーズ(Pape’s & Billy’s)サッカー戦」というのをやったという。ペープというのはスコットランド方言でローマ法王のこと、ビリーは前述のオレンジ公ウィリアムの愛称。したがって、カトリック校の子はペープスチーム、プロテスタント校の子はビリーズチームに入って戦う。「プロッズ対ティムズ戦(Prods vs Tims )」と呼ぶこともある。プロッドがプロテスタント、ティムがカトリックの意味だ。

無邪気な学校対抗戦といえばそれまでだが、両者が常にライバル同士であり、チームメートにはならないという点が重要だ。

“What are you?”の代わりに「レンジャーズかセルティック」

 というのは、この意識が大人になってもそのままサッカーに受け継がれているからだ。グラスゴーには2つの大チームがあるが、レンジャーズはプロテスタント、セルティックはカトリックという線がはっきりと引かれており、まさにペープス対ビリーズそのものである。だから、前述の “What are you?”といういくらなんでも露骨すぎる質問の代わりとして、「レンジャーズとセルティック、どっちのファン?」という質問が西部スコットランドでは頻繁に聞かれる。

 スコットランドでこの2チームだけ地域を越えてやたらとファン数が多い理由は、この2チームがペープス対ビリーズの看板を公然とかかげているからだと断言していい。強いからファンが多いのではなく、ファンが多くて収入が多いから強い選手を集められるのだ。カトリック対プロテスタントの根深い反目があってこその二大チームの栄光、ということになる。

サッカー場の代理戦争

 レンジャーズとセルティックの対抗試合の様子は、よそ者の目には少々異様に映る。

まず、レンジャーズのチームカラーは青・赤・白、つまりユニオンジャックの色だ。連合王国旗とはいうものの、スコットランドではイングランドの旗と考えられている。一方のセルティックのチームカラーは緑色。チームのシンボルマークも四つ葉のクローバーで、葉の数は違うがまるでアイルランドの代表チームのようだ。選手だけでなく、サポーターもチームカラーを身に着けるから、見ているとまるでイングランド対アイルランドの試合のようだ。

 レンジャーズのファンはオレンジ結社の歌を歌って応援する。オレンジ公はイギリスの王様だがもともとはオランダ人だ。エリザベス女王もよく引き合いに出される。女王はイングランドのプロテスタント国教会の首長だが、同じプロテスタントでも長老派系で首長を持たないスコットランド国教会とは何の関係もないし、家系でいくとドイツの血が濃くてスコットランドとのつながりは限りなくゼロに近い。

セルティックのサポーターの方は、IRAの歌を歌うことが多い。これはもちろんアイルランドの組織だ。ローマ法王も登場する。しかし法王がいるのはバティカンだし、法王本人はポーランド人だ。

 愛国心が強いはずのスコットランド人が、土曜日になるとスコットランドのことなどきれいさっぱりと忘れ、サッカー場を舞台にイングランドとアイルランド(あるいはドイツ・オランダとポーランド?)の代理戦争を繰り広げているのである。

大修館書店『英語教育』誌1996年2月号掲載の文に加筆。)


©杉本優 許可なく転載不可


筆者注:
うちの姓はハンロン(Hanlon)で、日本の友人には「中国人の名前みたい」とよく言われましたが、これもアイルランド系の名前です。おそらくここもジャガイモ飢饉の時の移民組で、もともとはO’Hanlonといっていたようです。夫の母方はイングランドのプロテスタントですが、これもどんどん家系図を辿るとアイルランドにつながるらしく、もしかすると夫はスコットランドよりアイルランドの血の方が濃いかもしれません。


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