ふだん着のスコットランド 5章 4

5章 スコットランド人って何だ?

4. 標準スコットランド弁

ネイティヴにもわからないスコットランド弁

 スコットランド訛りが理解できる、というのが私のささやかな自慢である。といっても単に慣れているからというだけで、逆にイングランド方言やアメリカ訛りはよく分からないのだから、自慢するほどのことではないのだが、スコットランド訛りがわかる日本語通訳者は希少価値ということで、仕事には重宝する。

 英語ではなくドイツ語かと思ったとか、英語には自信があったのに一言も理解できずショックを受けたなどとよく日本人旅行者を嘆かせるスコットランド弁は、英語圏の人々にもやっぱりわかりにくいらしい。

エディンバラの麻薬中毒者たちの生活を皮肉っぽいユーモアと若々しいペースで描いた映画『トレインスポッティング (Trainspotting)』はイギリスばかりか海を越えてアメリカでも大ヒットしたが、嘘かまことかアメリカで、この映画をオスカーの「外国語映画部門」にノミネートすべきだという声が上がったそうだ。登場人物の訛りがきつくて何言っているのかさっぱりわけがわからないからだという。

 また、グラスゴーのルンペンを主人公にしたBBCの人気コメディ『ラブ・C・ネズビット (Rab C. Nesbit)』も、イングランドでは字幕入りで放映したとかしないとか。どちらも「さっぱりわからない」と言われながら人気を博しているのだから、スコットランド人にしてみればそれこそよくわからない。

「お前の訛りはスコットランド弁に非ず」

 私の夫は2回アメリカに行ったことがある。1度目は9年前、映画『クロコダイル・ダンディー』がヒットした後だったからか、アメリカ人には「おまえはオーストラリア人だろう」を連発されたそうである。スコットランド人だと言っても誰も信じてくれず、「おまえはスコットランド訛りがないじゃないか」と言い返される。スコットランドのど真ん中で生まれ育った夫はただ首を傾げるしかなかった。

 2度目の時はちょうどサッカーのワールドカップがアメリカで開催された直後のことだった。元サッカー少年の夫は、フロリダのモーテルの裏庭にボールが転がっていたのを見つけ、暇つぶしにそれを蹴って遊び始めた。しばらくすると、アメリカ人の少年がじっと自分を見つめているのに気がついた。フレンドリーが取り柄の夫は少年に声をかけ、二人は少しおしゃべりをした。すると突然少年が言ったのである。

「わかった、あなたはロシアのサッカーチームの選手でしょう!」

 当然夫は面食らって答えた。

「とんでもない。俺はスコットランド人旅行者だ。」

「いや、その訛りを聞けばすぐわかる、あなたは絶対ロシア人だ。さっきの素晴らしいフットワークはどう見たってプロサッカー選手、ワールドカップで来たんでしょう。どうかサインして下さい!」

 夫は自分がスコットランド人でロシアサッカーチームとは縁もゆかりもないことを説明し、必死で誤解を解こうとしたが、少年は「あなたのアクセントはスコットランド弁とは全然ちがう」と信じてくれない。閉口した夫は少年を追い払うため、しかたなく差し出されたノートにミハイルチェンコとかなんとか適当にサインして逃げたそうだ。

テレビ・映画のスコットランド弁

 どうやらスコットランド弁と言われてアメリカ人が思い浮かべるのは、『スター・トレック』シリーズに登場する機関士スコッティの訛りであるらしい。スコッティを演じた俳優はカナダ人だとかで、あのアクセントは本物のスコットランド弁とはまったくかけ離れた代物なのだが、本物のスコットランド人と話したことのないアメリカ人には、そんなことはわからない。


 ハリウッド映画に登場するスコットランド弁が本物と似ても似つかないというのは、昔に限った話ではない。

オーストラリア育ちのメル・ギブソンがスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスを演じたり、アイルランド人のリーアム・ニーソンとアメリカ人のジェシカ・ラングをロブ・ロイ夫妻の役に割り振ったり、イングランド人のリチャード・アッテンボロを『ジュラシック・パーク』のスコットランド人学者にしてみたり、例を挙げればきりがない。

 この中では、メル・ギブソンのアクセントが意外に板についていたが、他はもう絶望的なまでに似ていなかった。ところが逆に、エディンバラ出身でいくつになってもスコットランド弁が抜けないショーン・コネリーがスコットランド人の役を得ることは、なぜか滅多にないのだ。

訛りのないスコットランド人?

 スコットランド人でも教育のある人は訛りがないという人がいるが、これは必ずしも正しくない。私の知る限りでは、スコットランド人だがスコットランド訛りがまったくなく、イングランドの英語を話す人というと、ふつう次の2つの分類のどちらかにおさまる。


  1. イングランドの学校で教育を受けた人。

    スコットランド上流階級では、子弟をイングランドの有名パブリックスクールに送るのがふつうである。

  2. 昔気質の発音訓練を受けた俳優。

    デボラ・カーがこちらの好例で、数々の映画で理想的イングランド女性を演じた彼女は、じつはスコットランド人なのである。また、あるスコットランド人ベテラン俳優は、テレビドラマでスコットランド人役を演じた時に、共演の俳優たちに「スコットランド訛りがとてもお上手ですね」と感心されたそうだ。ふだんいつも完璧なクイーンズイングリッシュで話しているため、彼がスコットランド人だと誰も気づかなかったのだ。

 もっとも、スコットランドにも全国的に有名なパブリックスクールはいくつもあり(チャールズ皇太子やトニー・ブレア首相もスコットランドの寄宿校を出ている)、スコットランド人がこちらに行った場合は、徹底的な矯正を受けないためやっぱり多少訛りが残ってしまうようだ。

また、ショーン・コネリーのように俳優学校を出たくせに訛りが抜けない人もいる。最近では俳優もイングランド式英語をたたき込まれるということはなくなったようで、人気若手俳優のユーワン・マグレガーやロバート・カーライルは、役に合わせてイングランド訛りを使うことはできるが、インタビューではいつもスコットランド訛り丸出しでしゃべっている。

スコットランド弁にもいろいろあって

 本当は、スコットランド訛りとひとからげにくくることにそもそも無理があるかもしれない。イングランドの英語にもクイーンズイングリッシュやオックスフォード英語からコックニーやリバプール訛りまで大きな幅があるように、スコットランドの方言といってもピンからキリまである。

河内弁と京都弁が同じ「関西弁」でもずいぶん違うのと似たようなもので、南西部のグラスゴー弁と北東部のアバディーン弁はアクセントも語彙もずいぶん異なる。

 またイングランド英語の場合と同じく、地域差の他に階級差というのもある。同じグラスゴーの中でも、労働者地区であるガヴァンの訛りと山の手のベアズデンの訛りははっきり違う。

冒頭に挙げた「アメリカ人やイングランド人にもさっぱりわからないスコットランド訛り」というのは労働者階級訛りや農村・漁村などの方言だが、一方で外国人の耳にはほとんどイングランド訛りと区別がつかないようなスコットランド訛りというのもある。

スコットランド弁は好感度ナンバーワン

 たとえばスコットランド出身の政治家の発音を聞いてみるといい。労働党政府の閣僚ゴードン・ブラウンやロビン・クック、保守党なら前スコットランド相のマイケル・フォーサイスや前産業相イアン・ラングなどの発音は、日本人が聞いてもたぶん気づかないだろうが、イギリス人が聞けばスコットランド人であるとすぐにわかる。しかし特に方言くさいという印象はなく、イングランド人にも評判のいいアクセントだ。

 イングランドでは一般に、中・上流の人々は労働者階級の訛り(コックニーなど)をいやしい感じがするととらえ、ぎゃくに労働者階級はオックスフォード訛りを聞くと、気どっていて虫酸が走ると感じる。しかし、教育のあるスコットランド人の訛りは、上品でありながらいや味がなく、どちらの層にも大変好感度が高いのだそうだ。

実際、テレフォン・バンキングや大企業のカスタマーサービスなどでは、コールセンターといって全国からの電話を一か所集中で受けるシステムを採用するケースが増えているが、そのコールセンターの多くがスコットランドに設置されている。その理由はやはり、スコットランド訛りは全国どこの誰が聞いても親しみがもて、信頼感がわくからだという。

BBCアナウンサーも標準スコットランド弁で

 こうした「教育あるスコットランド人訛り」は、方言単語が出てこないし、R音が巻き舌といったわかりやすい特徴もないので、日本人が聞くと訛りがあるとはほとんどわからない。しかし注意して聞くと、二重母音の単純化、つづりに忠実な発音といった、もっと微妙なスコットランド発音の特徴()が残っていて、イギリス人が聞けばすぐにわかる。

 イギリスのテレビのアナウンサーは、以前はスコットランドの地方ニュースでさえいわゆるBBCイングリッシュ(これはオックスフォード訛りとはまたちょっと違い、「まったく何の訛りもないニュートラルなイングランド英語」である)に完璧に矯正しないとダメだったが、今ではスコットランド発音を残したままのアナウンサーがイギリス全国放送でもたくさん活躍している。

ドキュメンタリーのナレーターなどもスコットランド人俳優を使うケースが意外に多い。いずれの場合も、イギリス人が聞けばスコットランド人とすぐわかる程度の訛りがあるが、なにしろ好感度が高いんだから、べつに無理して「イングランド弁」に直すことはないというわけだ。

 こうした人たちが使っているのは生(き)のままの方言ではなくて、イングランド人にも外国人にも聞きやすい「放送用アクセント」である。要するにBBCイングリッシュのスコットランド版だ。イギリス放送業界ではこれが「標準スコットランド弁( Standard Scottish)」という名前でりっぱに市民権を獲得しているのである。

スコットランド弁で何が悪い

 スコットランド訛りの再評価に伴い、アクセントだけでなく語彙から文法まで含めたスコットランド方言、ひいてはスコットランド語の再評価も進んでいる。

かつて子供たちは教室でスコットランド方言を使うと先生に叱られたものだが、今では「スコットランド方言はかつてのスコットランド語の伝統を受け継ぐもの、スコットランド語といえばバーンズの詩にも使われ世界にも誇れる文化遺産、スコットランド文化の大切な要素として未来に継承しよう」という考え方が定着し、学校のカリキュラムにも登場するようになった。


 
 そういえば、コールセンター産業の成長によってスコットランド弁の評価が急上昇したのと、スコットランド自治議会設立の要求がついに実現したのが同じ時期というのも、偶然ではないのかもしれない。スコットランド自治議会の誕生も、スコットランド弁の復権も、スコットランド人がスコットランド人であることに自信を持ち始めたという証しではないだろうか。

スコットランド議会では公用語として英語の他にスコットランド語、ゲール語を認めるべきだという議論も始まっているという。

大修館書店『英語教育』誌1997年5月号掲載の文に加筆。)


©杉本優 許可なく転載不可


筆者注:
CH音やRの巻き舌のため、よく「ドイツ語みたい」と言われるスコットランド訛りですが、聞き慣れた耳にはドイツ人の英語とはやはりずいぶん違います。本文で挙げたスコットランド訛りの特徴について少し説明しますと、



  • 二重母音の単純化

    例えばイエス・ノーのノー(no)はイングランド標準発音では「ノゥ」と「ナゥ」の中間のような音です。1つ目の母音がメインの音で、そこからなめらかに2つ目の母音に移行して終わるのが二重母音だそうで、けっこう難しいものです。ところがスコットランド人の発音だと、ほとんどカタカナ表記どおりの「ノー」に単純化されてしまいます。メール(mail)もイングランドの発音は「メィル」と「マィル」の中間のような音ですが、スコットランド訛りだとほんとに「メール」です。


  • つづりに忠実な発音

    ハーブ(herb)と郊外(suburb)の後半部はイングランドでは同じ音ですが、スコットランド人はこの2つをまったく違う音として発音します。私の住む町Stirlingは、イングランド人の発音だと英ポンドのSterlingと同じになりますが、スコットランド人はこれを聞くと「”ir”と”er”の区別もできないなんて」と馬鹿にします。つづりが違うのだから当然発音も違うのです。

    一方、”boot”と”foot”はイングランドの発音だと母音の長さが違いますが、スコットランド人は両方とも同じ長さに発音します。そこで、苦手なRとLの区別を間違えて夫に笑われた時には、「bootとfootの区別もできないくせに」とやり返すことにしています。


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