ふだん着のスコットランド 5章 5

注記:

  • 以下の文章は、大修館書店『英語教育』誌に1995年1月から途中休みもはさんで1998年まで連載したエッセイシリーズ「ふだん着のスコットランド」1997年7月号掲載回をもとに、2002年に加筆したものです。掲載されてから長年が経過しているエッセイなので、特に時事・流行などに関する内容は古くなっており、現在の状況とはかなり違っている場合もありますが、連載当時の内容そのままにしてありますのであらかじめご了承ください。
  • 時事的な話題についてはブログの「スコットランドニュース」などで随時取り上げていますので、そちらも合わせてお読みください。
  • 文中に出てくる「夫」は当時の夫で、現在の夫とは全く関係がありませんので誤解なきようお願いします。

 


5章 スコットランド人って何だ?

5. スコットランドの総選挙

1997年はスコットランドの年

 1997年は、スコットランドがイングランドとの張り合いで力の均衡をくつがえした年だった。いっそスコットランドの年だった、といってしまってもいいかもしれない。

 イギリス全体としては、18年間続いた保守党政府が5月の総選挙で敗れ、トニー・ブレア率いる「新労働党」に道を譲ったことが政治界のトップニュースだったが、トニー・ブレアの選挙キャンペーンでの焦点のひとつがスコットランド自治だった。そのため、労働党が圧勝した結果スコットランドでは9月に住民投票が行われ、立法権・徴税権を持つ自治議会の設立が決まり、歴史の新しいページが開かれることになったのである。

イギリス政治地図

 伝統的なイギリスの政治勢力分布は大変わかりやすくて、南に行くほど保守党(Conservatives 、通称”Tories”)が強く、北に行くと労働党(Labour)が強くなる。保守党の青、労働党の赤というシンボルカラーでイギリス選挙区地図を塗ってみると、これがはっきりとわかる。ただし例外として、ウェールズでは労働党が強い。

 イギリスという国の中心がブリテン島の中央部ではなくロンドンのある南東部に位置することを考えると、中心が保守で、そこから離れるにつれて労働党が強くなると考えてもいいかもしれない。もちろん、都市部が左寄りで農村部が右寄りという万国共通の傾向も同時に存在はするのだが、この傾向の強さも南北で違ってくる。

 イギリスで「主要政党」というと、2大政党である保守党と労働党の他に、オレンジをシンボルカラーとする自由民主党(Liberal Democrats 、略して”Lib-Dems”)を含めた3党を指す。

自由民主党というと、どこかの国にも同名の党があるが、イギリスの自民党は2大政党の間に位置する中道派だ。この党は一時期、「保守党には見切りをつけたが労働党に票を投じるのは抵抗を感じる人のための党」としてかなりの支持率を獲得し、イングランドではとりわけ地方政治でしっかりした基盤を確立した。

しかし労働党最右翼を代表するトニー・ブレアが労働党首になり、ばっさばっさと旧来の政策を切り捨てた今、労働党と協調路線をとる自民党はどうも影が薄くなった観がある。

超不人気だったサッチャーさん

 さて、スコットランドに来ると政党政治の様相はちがってくる。といっても、イギリス国土の北部3分の1を占め、「中央」たる南イングランドからは最も離れたスコットランドでは、やはり労働党は圧倒的に強い。どのくらい強いかというと、世論調査では常時50%前後の支持率を確保し、改選前の保守党政権の時代でも、72ある議席中48議席を占めていた。与党だった保守党はというと、10議席だ。

しかも、マーガレット・サッチャーが保守党の鉄の女王として君臨し、イングランドで圧倒的な支持を誇っていた頃にはこの差はもっと大きくて、労働党50議席に対し、保守党はわずか7議席しか持っていなかった。

 日本では「鋼鉄の意志で政治改革を断行する理想のリーダー」と好意的に評価され、イングランドでも80年代中は絶大な人気があったサッチャー首相が、スコットランドでは一貫して不人気だったというと、意外に思うかもしれない。

「スコットランドでいちばん憎まれている女」のレッテルを進呈する者がいるかと思えば、「いや、あんな鬼婆を『女』と呼ぶのは全国の女性たちに失礼だ」と揶揄を返す者もいて、世論調査では不支持率が80~90%という前代未聞のレベルに達したほど、歴代首相の中でもかつてないきらわれ者だったのだ。

 ジョン・メージャーはサッチャーのような極端な憎まれ方こそしていなかったが、人気がないことに変わりはない。不人気の首相率いる弱小政党がスコットランド大臣を出し、スコットランド省を組織し、スコットランドの行政を掌握する。スコットランド人がこれを喜ぶはずがない。

労働党まさかの敗北でSNPが復活

 ところが頼みの綱の労働党は、必勝のはずだった1992年の総選挙でまさかの敗北を喫し、その後も保守党政権が続くことになった。いくら盲目的に労働党を支持しても、総選挙のゆくえは結局イングランド南部の住民の意向次第なのか……。そんな落胆の中で、スコットランド政治地図に地殻変動が起きた。SNPの人気復活である。

 SNPは Scottish National Partyの略称で、”Nats”と呼ばれることもある。日本語訳ではスコットランド国民党、民族党などとなるようだ。スコットランドのイングランドからの独立と、欧州連合への独立国としての参加をめざす党である。

イギリスには似たような名前の党としてBritish National Party(略称BNP)というのもあるのだが、こちらは白人優位主義、移民排斥を唱えるネオナチ政党で、SNPとはまったく関係がない。

 SNPは以前はタータントーリー(Tartan Tories )などと揶揄され、裕福な地主階級のノスタルジックな民族感情に支えられた党と見られることが多かったのだが、労働党の強い土地柄のせいか次第に左傾化を強め、今では「トニー・ブレアの日和見労働党よりもずっと社会主義的」であることを売り文句にするほどになっている。

 そんなこともあって、労働党にいくら票を投じても保守党政府が続くことにいらだちを感じる有権者が、スコットランド独立という概念に共感を持ち始めるようになり、80年代には低迷していたSNP支持が、1992年の総選挙後ぐんと伸びた。1997年の時点では20%を越える支持率を得てスコットランドの第2党の地位を確立し、3位の保守党、4位の自民党に大きく水をあけていた。

スコットランド自治問題が選挙の焦点に

 もともと労働党はスコットランド自治についてはあまりはっきりした態度を持っていなかったのだが、故ジョン・スミス前党首が熱心な自治支持者であったこと、またSNPの躍進にスコットランド人の現状への不満を読みと取って、自治支持を党方針としてかかげるようになった。

 そういうわけで、1997年の総選挙ではスコットランドの将来が重要な争点になった。経済、福祉、教育といった一般的分野では、どの党の言うこともそれほどかわり映えがしない。それだけに、政策の違いがはっきりしているスコットランド問題がクローズアップされた。

 与党保守党は現状維持の路線を打ち出し、「徴税権を持つ自治議会ができたらスコットランドだけ増税に苦しむ。企業がみんなイングランドに流出して産業が壊滅する」と訴えた。それに対し労働党は自治議会を公約(自民党も自治支持で労働党と足並みをそろえた)、SNPは「中途半端な自治にはなんの益もない。欧州連合の一員として完全独立を」と呼びかけた。1997年の総選挙はスコットランドにとって、この3つの選択肢に対する有権者の票決の機会と受け止められたのである。

私の1997年総選挙

 スコットランドにとって重要な転機となったこの総選挙は、私個人にとっても大きな意味を持っていた。というのも、これが私にとってイギリスではじめての投票の機会だったのだ。イギリスの法律では、参政権はイギリス国籍を持つ者だけの権利とされていて、永住外国人には選挙権がない。その代わり海外在住のイギリス人は、イギリス国籍を保持している限り領事館を通じて投票することができる。一方、日本の法律では海外永住の日本人には選挙権がない。

 そういうわけで、私は過去10年近くの間選挙というものにまったく関わることがなかったのだが、いろいろ思うことあって1994年にイギリス国籍に帰化した。その直後の地方選挙ではまだ選挙資格がなかったので、今回やっと参政権を行使できることになったという次第である。

 はじめての選挙ということで、政見放送もまじめにチェックし、家に配られてくる候補者パンフレットにも目をとおして研究した。模範的有権者である。日本では政治不信が強まって選挙権なんか犬も食わないという風潮になっていると聞く。イギリスでも投票率は情けないくらい低く、「どこに投票したってなにも変わらない」という声を、特に若い人たちの間でよく聞くが、選挙権のない二等市民を何年もやったあとだと、たかが1票とはいってもしみじみと重さを感じてしまうのである。

ほんとに選挙中?

 日本で選挙といえば、私の頭に思い浮かぶのはずらりと並んだ特大候補者ポスターと駅前演説、それに大音響で町を行きかう宣伝カーだが、それにくらべるとイギリスの選挙戦はなんとも静かでひかえめで、町の様子はふだんとほとんど違って見えない。

いつもはタバコやお酒の広告が貼ってあるビルボードがいつの間にか政党のスローガンに変わっているが、これにしたって選挙に限らずふだんの政党キャンペーンの時にも登場するものだから、特にああ選挙が始まったという印象はない。

 選挙戦が進行中であることを示す唯一のしるしは、街灯の柱にずらりとくくりつけてある色鮮やかな板きれだけだ。A4紙くらいの大きさで、赤をバックグラウンドに紅バラの絵と”Vote Labour” という標語が印刷されているのが労働党のもの、黄色地にバツとマルをくっつけたようなマークが描かれているのがSNPのものだ。このマークはスコットランド国花あざみの一筆がきなのだそうだ。同じものが街灯でなく家々の窓に、内側から貼ってあることもある。

 市街地では候補者の街頭挨拶なんかもやっているらしいが、昼間働いていれば見る機会もない。各党の重鎮クラスがお目見えする巡回演説会は大都市と重要選挙区に限られている。新聞を読まず、テレビもラジオも消したままにしておけば、選挙の訪れを告げるのは全戸配布の候補者パンフレットだけだ。諸党勢力が均衡してどちらに転ぶかわからないような選挙区では、活動家が戸別訪問したりするようだが、当時のわが家は労働党の再選が99%確実という安全選挙区内にあったので、うちには一度もこなかった。

マスコミは選挙一色

 その代わり、マスコミの選挙報道は相当の量になる。

いつもの夜のニュースも毎日時間を延長して各党のキャンペーンの内容を詳細に伝えた。「欧州統合」とか「教育問題」とか「法と秩序」などと日替わりテーマを決めて各党スポークスマンが討論する番組があるかと思えば、各党首が一般視聴者代表からの質問に答えるテレビ立ち会い演説会もある。新聞はとっかえひっかえ世論調査の結果を掲載し、タブロイド紙までがそれぞれ支持政党を公表して、選挙関連の特大見出しを1面、2面に並べる。

 「○田○夫、○田○夫をよろしくお願いします」をひたすら連呼する日本の選挙キャンペーンにくらべればよほど知的で正統派でいいものだと、私などは感心してテレビを観てしまうのだが、イギリス人の中には選挙報道に辟易して、旅行に出てしまう人もいるらしい。政治無関心層や、逆に支持政党がはっきり決まっている人なら、政策なんて聞くだけむだ、メージャーの声にもブレアの顔にもあきあきした、という気分になることもやはりあるのだろう。

 スコットランドのある離島は、そんな人々のために「選挙のない地区」宣言をしたくらいだ。こんな離島まではさすがに候補者も足を運ばない。テレビ、ラジオを消せばここは選挙のない世界、政治家たちのことは忘れて大自然に親しみましょう……というわけだ。

イギリスの選挙制度

 イギリスの選挙の仕組みは、ご存じのとおり小選挙区制(英語では、得票1位の候補者を当選させるという意味で “first past the post” system と呼ばれる)である。日本でも小選挙区制を導入したと聞くが、イギリスの場合は他の制度とのだき合わせではなく小選挙区1本だけであり、そのぶん各選挙区が非常に小さい。

北海道と人口が同じくらいしかないスコットランドに、72も選挙区があることを見てもそれはわかる。(イギリス全体では約660議席。スコットランドの人口はイギリス全体の約10分の1足らずなので、じつはスコットランドで投じる1票はイングランドの1票よりも重みがあるのである。これはどうやら両国が合併した際の歴史的な事情によるらしい。)

 投票日は木曜に行われるのがふつうである。日本では日曜に選挙を行うが、一応キリスト教国で日曜にはお店も閉まってしまうイギリスで、日曜に選挙をやるわけにはいかないということだろう。それでは働いている人が投票するのに困るのではないかという心配は無用。投票所は朝7時に開き、夜10時に閉まる。よほど遠くに通勤している人か、選挙があろうと1日14時間は働かなくちゃという仕事中毒でもなければ、ちゃんと通勤前か仕事帰りに投票できるのだ。

 投票所は小学校であることが多い。入り口でカードを見せてリストのチェックを受け、用紙をもらって記入ブースへ……という手順は日本と同じである。ただ、投票所入り口に各党の地区活動家らしき人たちが並んでいるのが目を引く。投票を終えた人が出てきて「あんたの党にバッチリ投票しましたからね」なんて握手していたりする。

 投票用紙には立候補者名がずらりと印刷してあるが、政党名はない。それぞれの名前の横に四角いマスがついていて、なぜか支持する候補者のマスに×を書くことになっている。×以外のものを書くと無効票になってしまうらしい。日本では○が合格で×が失格だから奇妙に思えるが、イギリスでは×は「ここだよ」とマークするための印なのである。

投票が終わると即開票速報

 夜10時に投票所が閉まると、投票箱はすぐにその選挙区の開票場へと運ばれる。そしておどろいたことに、すぐに開票作業が始まるのである。いくら小選挙区で票数が少ないといったって、投票が終わるのが夜10時なのだから、開票が始まるのは早くても10時半、田舎の広い選挙区なら運ぶ時間はもっとかかるかもしれない。

 しかも小選挙区制だと「当確」がなかなか出せない。選挙区によっては1位と2位の差が10票以下というケースさえあるのである。そんな時には2位の党は当然数え直しを要求する。2回目の集計で順位が逆転したとなれば、もう一度数え直しだ。1回の集計ですんなり確定した場合でも、当確の報が出てくるのはふつう真夜中過ぎである。

 テレビではこれを律義に速報する。イギリス地図を塗りわけたり、議席を色わけで埋めながら与野党勢力を振り子の位置で示したりとコンピューターグラフィックを駆使し、重要選挙区の開票場にはレポーターを配置して「当選の声」を次々と紹介する。キャスターもレポーターも、開票作業にいそしむ選管の皆様も、そしてそれをじっと見守る各党活動家の皆様も、深夜にご苦労なことだと同情してしまう。私の夫はこの選挙速報が大好きで、明け方までテレビにかじりついていた。

労働党圧勝でスコットランド自治へ

 開票結果はご存じのとおり労働党が419議席を獲得して空前の圧勝、トニー・ブレア政権が誕生した。

スコットランドでは保守党を除く3党が保守党を駆逐する形で議席を伸ばした。新しい議席配分は、労働党が貫禄の56、自民党はもともと保守党が強い選挙区に候補者を配置する重点戦略が功を奏して10、逆に労働党と正面からぶつかったSNPは、競り負けて次点となる選挙区が続出して6議席、保守党は閣僚クラスも含めて惨敗しゼロ議席。史上はじめてスコットランドには保守党議員が1人もいないという事態になった。

 得票率では労働党46%、SNP22%、保守党17%、自民党13%で、得票率と議席数がまったく比例していないのは小選挙区制の特徴である。皮肉なのは、比例代表制導入を党是にかかげる自民党が小選挙区制の恩恵を受け、逆に小選挙区制を強く支持する保守党が最大の被害をこうむって泣く結果になったこと。スコットランドで第1・2党の位置を占めた労働党と自民党はともにスコットランド自治議会の支持派であり、新労働党内閣は、さっそく自治の是非を問う国民投票を行うと発表した(注:この国民投票の経緯は次の項で)。

大修館書店『英語教育』誌1997年7月号に「選挙の話」の題で掲載した文に加筆。)


©杉本優 許可なく転載不可


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